第八十六話 皇帝vs獅子王 北方動乱、終結

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第八十六話 皇帝vs獅子王 北方動乱、終結

 --スベリエ王国 王都ガムラ・スタン 王城  『北方の獅子王』と呼ばれる国王フェルディナント・ヨハン・スベリエは、重臣達が列席する謁見の間でゴズフレズからスベリエ軍を撤退させてきたオクセンシェルナ伯爵から報告を受けていた。  オクセンシェルナ伯爵は国王の前に跪き、淡々とした口調でゴズフレズでカスパニア軍との戦闘の戦果などを国王に報告する。  白い獅子の(たてがみ)を想起させる銀髪のフェルディナント国王は、信頼する百戦錬磨の勇将であるオクセンシェルナ伯爵からの報告を冷静に聞いていた。  ひと通り報告を終えたオクセンシェルナ伯爵がリベ郊外で目撃した帝国軍の陣容についての報告を続ける。 「リベ上空に現れた帝国軍は四個兵団。その兵力は約四十万。我が国の四倍の兵力でした。・・・帝国の総兵力百万というのは、恐らく事実でしょう」  オクセンシェルナ伯爵の言葉を聞いた重臣たちが驚く。 「「四倍の軍勢!?」」 「「四十万だと!?」」 「「総兵力が百万とは・・・」」  オクセンシェルナ伯爵が続ける。 「更に帝国は、『金鱗の竜王』や『災厄と滅びの魔神』といった人外を従えておりました」  『金鱗の竜王』シュタインベルガーや『災厄と滅びの魔神』マイルフィックが報告に出て来たことに、重臣達は互いに顔を見合わせながら、ざわめく。 「創世記で『神を殺した』という、あの竜王が!?」 「『旧世界を滅ぼした』という魔神を見たというのか??」  オクセンシェルナ伯爵は、周囲でざわめく重臣達を無視して国王を見据えたまま、上申する。 「・・・陛下。我が国は帝国と戦端を開いてはなりません。もし、帝国と戦えば、確実に我が国は帝国に滅ぼされます。何卒、戦端を開くことは思い留まられますよう、伏してお願い申し上げます」  フェルディナント国王は、オクセンシェルナ伯爵に答える。 「・・・判った。オクセンシェルナ伯爵。ゴズフレズへの遠征、大儀であった」 「・・・では、陛下。これにて失礼致します」  オクセンシェルナ伯爵は、謁見の間を後にする。  報告を受けたフェルディナント国王は、必死に考えていた。  帝国の皇太子とゴズフレズ王国の王女の婚姻は、事実上、ゴズフレズ王国が帝国の庇護下に入ることを意味していた。  ゴズフレズの地が帝国の支配下に入れば、スベリエ王国はゴズフレズ海峡という外洋への出入り口を失ってしまう。  それは、外国と貿易できなくなる事を意味し、寒冷地に国を構えているため食糧を輸入しているスベリエにとって、国家存亡の危機であった。  だが、オクセンシェルナ伯爵からの報告によれば、ゴズフレズ海峡を奪回するために帝国と戦えば、百万の軍勢を擁し竜王や魔神を従える帝国にスベリエ王国は確実に滅ぼされてしまう。  帝国と戦って滅びるか。  帝国と戦わずに干上がって滅びるか。  現実に突き付けられた究極の選択に、フェルディナント国王は必死に考えていた。  伝令が謁見の間に駆け込んで来る。 「陛下、申し上げます。突然の来賓がありまして、陛下に謁見を求めております」  悩んでいたフェルディナント国王は、伝令をジロリと睨みながら尋ねる。 「突然の来賓? ・・・謁見を求めているだと? ・・・誰だ?」  伝令が顔を引きつらせながら答える。 「・・・バレンシュテット帝国の皇帝、ラインハルト陛下です」  伝令の報告に謁見の間にいる重臣達に動揺が走る。 「なんだと!?」 「皇帝が!?」  フェルディナント国王は、伝令を睨みながら答える。 「・・・会おう。通せ」  謁見の間の衛兵が叫ぶ。 「バレンシュテット帝国 皇帝 ラインハルト・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット陛下、謁見!!」  衛兵が謁見の間の扉を開くと、皇帝の礼装に身を包んだラインハルトは、アキックス伯爵ら帝国四魔将達を後ろに従えてレッドカーペットの上を歩いて行く。  ラインハルトは、フェルディナントの前で歩みを止めると口を開く。 「お初にお目に掛かる。フェルディナント国王」  フェルディナントは、ゴズフレズを失った怒りを堪えつつ、ラインハルトを睨みながら答える。 (スベリエからゴズフレズを奪い、その『すまし顔』で現れるとはな!!) 「・・・こちらこそ。皇帝」  ラインハルトは、穏やかに微笑みながらフェルディナントに告げる。 「今日は、そちらに渡したい物があって来た」  フェルディナントは、訝しみながら尋ねる。 「・・・何だ? 渡したい物とは??」  ラインハルトの目配せでエリシスがハンドベルを鳴らすと、エリシスの副官であるリリーが縛り上げられたアルムフェルトを引きずりながら謁見の間に入って来る。  現れたアルムフェルトに重臣達は驚く。 「王太子殿下!?」 「ゴズフレズで行方不明になったと聞いたが??」  ラインハルトが告げる。 「こちらが退去を勧告したにも関わらず、ゴズフレズのハロルド王を襲っていたので捕まえた」  縛り上げられたまま床の上に転がっているアルムフェルトが涙目で口を開く。 「父上ぇ~」  帝国の捕虜になり、縛り上げられて床の上に転がっている息子の醜態を目の当たりにして、フェルディナントは激怒のあまり、堀りの深い顔の目尻と眉をヒクヒクと痙攣させながら、平静を装ってラインハルトに問い質す。 「・・・それで?」  ラインハルトは、穏やかに告げる。 「この者は、そちらに返すことにする」  フェルディナントが尋ねる。 「・・・条件は?」 「無い」  フェルディナントは、目を細めて訝しみながら答える。 「・・・ほう?」   ラインハルトは、微笑みながら告げる。 「帝国からの『誠意』だ。受け取ってくれたまえ」  フェルディナントは、顔を引きつらせながら答える。 「・・・帝国からの『誠意』、ありがたく受け取ろう」  リリーがアルムフェルトを縛り上げている縄から手を離すと、衛兵達が床の上に転がっているアルムフェルトを抱き起して身柄を支え、謁見の間から退出していく。  ラインハルトが続ける。 「もう一つ、話があるのだが」  フェルディナントは、不機嫌を隠そうともせずに答える。 「・・・何だ?」  ラインハルトがフェルディナントに告げる。 「我が帝国は、ゴズフレズ王国を保護下に置く」  フェルディナントは、ラインハルトを睨みながら即答する。 「・・・ダメだ。認めん」  ラインハルトは、口元を綻ばせながら告げる。 「見返りに、帝国はスベリエ王国籍船舶によるゴズフレズ海峡の『自由航行権』を認める。海峡通過時の船舶の安全も保障しよう」  ラインハルトの言葉にフェルディナントや重臣達は驚く。 「何と!?」 「何だと!?」 「帝国は、どういうつもりだ??」  フェルディナントは、訝しみながら尋ねる。 「・・・我々に課税するつもりか? スベリエをナメるなよ!?」  ラインハルトは、笑顔で答える。 「言ったはずだ。『自由航行権』を認めると。課税などしない」  宰相がフェルディナントにそっと耳打ちする。 「・・・陛下。悪くない話です」  宰相からの進言も併せて、フェルディナントは考える。  スベリエ王国にとって『ゴズフレズ海峡が安全かつ自由に航行できること』が重要であり、ゴズフレズ海峡の自由航行権と安全保障があれば、ゴズフレズ王国がバレンシュテット帝国の保護下にあっても、何も問題は無かった。  スベリエ王国籍船舶のゴズフレズ海峡の安全な航行のために、ゴズフレズ海峡や王国領にスベリエ軍を駐屯させるよりも、帝国側に船舶航行の安全を保障させた方がスベリエ王国の軍事費負担は確実に減る。  フェルディナントは、作り笑いを浮かべながら答える。 「・・・良いだろう。損の無い取引だ。・・・・我がスベリエ王国は、バレンシュテット帝国がゴズフレズ王国を保護下に置くことを認める。・・・ただし、スベリエ王国籍船舶によるゴズフレズ海峡の『自由航行権』と『安全保障』と引き換えだ」  ラインハルトは、笑顔で締めくくる。 「交渉成立だ。・・・では、我々は、これで失礼する」  そう告げると、ラインハルトは、帝国四魔将達を連れて謁見の間から去って行く。  ラインハルトは、謁見の間のレッドカーペットを半ば程歩いたところで振り返り、フェルディナントに告げる。 「・・・願わくば、友好的でありたいですな」  フェルディナントは、不敵な笑みを浮かべながら答える。 「・・・まったくだ」  フェルディナントの答えを聞いたラインハルトは、帝国四魔将達と共に謁見の間を後にした。  ゴズフレズ王国に侵攻したカスパニア王国と、ゴズフレズ王国の宗主国スベリエ王国の列強両国は、バレンシュテット帝国の仲介によってゴズフレズの地から撤兵。  スベリエ王国は、ゴズフレズ海峡の自由航行権と引き換えに、バレンシュテット帝国がゴズフレズ王国を保護下に置くことを認めたため、ここに『北方動乱』と呼ばれるゴズフレズ王国を巡る動乱は終結した。  
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