パスタはあせらず

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 殺人予告もものともせず、俺はパスタを食っていた。  そういうタフさが、放送コードぎりぎりのエンターテイメントを可能にする。ブリンクマン指数を気にしないヘビースモーカーを育てる。鼻ピアスだって、つけてやる。  「全ては、食品サンプル。全ては、紙粘土。それらしく、見えるだけ」  このパスタも、食品サンプル? いやいや、そんな。まさか。  「まさかじゃないよ。そこに、テニスコートがあったから、テニスコートの誓いになっただけ。そこが、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの庭だったら、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの庭の誓いになるだけ。テレビやネット向けのアクロバットな展開なんて考えなくていい。世界には端的な事実があるだけ。それが、食品ではなく、食品サンプルなら、ただそれだけのこと」  そこに、チベットスナギツネがいれば、チベットスナギツネがいるだけ。  そんな単調な世界でいいのか。  笑いは? 放送コードぎりぎりのエンターテイメントは? カットアップの楽しさは?  「カーディガン持ってきてくれないか」と君は言った。「おおっ、寒い寒い。親父ギャグ満載のセリフと寸分違わなかったぜ。『今、何時?』『バンバンジー』並みに寒かった」  その割に、ショートパンツだね?  「さっきまで、激辛カレーを食べていたからな。ぜいぜい、オーバーヒート気味だった。フラミンゴみたいに全身、ピンクになったよ」  激辛カレーは、食品サンプルではなかったの?  「残念ながら」  ちっとも残念じゃなさそうに、君は言う。嫌味がちっとも通じない。糠に釘。豆腐に鎹。砂浜にスカイツリー。スカイツリーの上では、フラミンゴではなく、ワイバーンが舞っている。  君は急に、沈痛な面持ちで言った。  「おめでとう」  何が?  「ワイバーンの乗り手はあなたに決まった。かの国に行くのは、あなた。そして、かの国に行ったら、あなたはもう二度と、暴飲暴食できない」  部屋の壁、これからシックな漆喰に直す予定なんだけど、それまで出発は待てない?  「決めるのは、わたしじゃない。ましてや、ブロンドのお姉さんでもない」  秘密警察?  「あなたは追放ではなく、栄転なのだから、そんなことはない」  どこかの社員?  「そんなところ」  真っ白なガードレールはどこまでも延びていて、それを追うのが好きだった。散歩サークルになんか属していなくたって、アルコールを片手にどこまでも歩ける。頭脳が冴え渡る。ゴール(かの国)でブックエンドが待っているのを知っているが、知らないフリをする。何、紙粘土のワイバーンなんかに頼らなくたって、ゴールはすぐそこ。あせらず、パスタでも食おう。
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