たかが紙切れされど紙切れ

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たかが紙切れされど紙切れ

「今日の天気です。今日は快晴で花粉がいつもより多く飛ぶでしょう。マスクにゴーグルをつけて家に帰った時は花粉を掃除機などで吸ってください」 僕は唖然としていた。 花粉が多く飛ぶ、つまり花粉症の僕にとっては地獄みたいな日だ。鼻水が滝のように出て、涙も同様に出てくる。そんな状況下で楽しみなんてないし、それどころか苦しいだけだ。 花見とか入学式とか楽しいだろうし、こんなあったかい天気で外で遊んだらさぞ楽しいのだろう。そんな楽しみを一瞬でぶち壊す言葉がある。花粉症。たった3文字の言葉で僕の楽しみは消えるのだ。 そもそもゴーグルとかできればいいけど変人としか見られないから予防策はマスクぐらいしかなかった。僕はそっとマスクを箱から取り出した。マスクをつけポケットに目薬と抗ヒスタミン剤が入っているのを確認し嫌々外に出る準備をする。 僕は外に出た。多分この場所、それどころか日本中に花粉が飛び散ってることを考えるとゾッとした。一つの救いが僕だけが苦しんでるわけじゃない。沢山の人でこの季節を乗り越えるんだと思うと何か仲間の存在が僕に安心感をもたらしてくれた。 しかしその安心感は血の気が引くように消えた。 それは駅に着いた時だった。 あっ家にティッシュ忘れた。たったその行いを忘れただけで僕は人生が終わるのが目に見える。花粉で鼻水が出るのにティッシュがないなんてどうすればいいのさ。トイレに行きたい状況でトイレがないような絶望感を僕は感じた。 少し歩くと僕は鼻がムズムズしてきた。いくらマスクをしても隙間から入ってきて効果がありそうでなかった。マスクは気休めの薬みたいなものでしかない。 「ティッシュ入りませんか?」 遠くの交差点からはっきりとそう聞こえた。遠くだろうが水のない砂漠にオアシスが有ればいくら遠くてもいける。僕は急いでティッシュ配りのボランティアの人へと向かった。一歩一歩と歩くごとに鼻水が出そうになる。やっと着いた時にはティッシュは一個しかなかった。 「君運がいいね。見てわかるけど花粉症で困ってるようだね。さあどうぞ。これは企業とかじゃなくて私自身が配ってるのさ。色々私について語りたいけど早くこれを使いなさい」 そう言うと初老の男性が優しそうな手でティッシュ渡した。シワがあって綺麗な手とは言い難いけど、 ただただ優しそうに見えることには違いがなかった。 僕は鼻をふんっとかんだ。数枚使い最後に一枚が残った。 「君制服着てるってことはそこの塾の生徒でしょ。早く行ったほうが良いよ。そろそろ時間でしょ」 「そうだった!ありがとうございます」 急いでそそくさとそこから立ち去った。感謝の言葉を言いたかったけど時間がなかった。最後の一枚は忘れないために使わないことにした。 数時間授業があった。いくら春休みだからって休めると思えば大間違いだ。今年受験があるからそんなこと言ってられない。勉強して勉強して勉強する。今のままじゃ僕が落ちることはわかっていた。 この刹那の出来事のおかげか絶望が希望へと変わった。ティッシュが無いあの状況でティッシュ配りの人を見つけ尚且つそれが最後の一枚ってのは本当に運が良かった。 僕は奇跡を信じるような人間で占いとかそう言う非科学的なことでも信じるタイプだ。その性格のおかげのせいかこの出来事が絶望を希望に変わるのは明白だ。 次の日に塾へ向かうとまた初老の男性がいた。にこっと微笑んでいた。昨日のことについて感謝しなければならないと思い僕は話しかけた。 「おはようございます。昨日は本当に助かりました。なんと言えば良いのか...いつか必ずご恩を返します。」 「大丈夫ですよ。これは私がボランティアでやってるので。みんなが喜べば私は嬉しいので大丈夫です。今日も塾で忙しいだろうから早く行ったほうがいいよ。あと僕はいつでもいるからティッシュが欲しかったらいつでも声をかけてね。」 僕は一度頭を下げて塾へと急いだ。 次の日もまた次の日もまた次の日も彼は交差点の近くで立っていた。僕は会うたびに挨拶をすると彼も挨拶を返してくれた。挨拶をされるとやっぱり嬉しいもんだなと思い、僕はいつも彼に挨拶をした。 数ヶ月後の秋のことだった。パタリと彼は現れなくなった。体調が悪かったのか、最近見かけるたびに咳をしていたのを覚えている。最近肌寒い日が続いていたので多分風邪かなと思い数日したら現れるだろうと思っていた。だが数日経っても彼が現れることはなかった。 彼が何かあったことは間違いないのだろうが彼について何も手がかりはなかった。住所や郵便番号も特に聞いておらず知っていることは彼がティッシュを配っているということだけだった。不吉な感じがしたが僕にはどうすることもできなかった。 そしてそれからまた数ヶ月が過ぎて春が来た。 今日僕は受験の日だった。 去年の今頃と同じような雰囲気の春だ。一つ言えるのはやっぱりこの季節は花粉の季節。 「今日は花粉が例年よりも多いでしょう。マスクやゴーグルなどの対策をして十分に注意してください」 僕は去年と同じく花粉症の対策をした。一枚のティッシュも携えて。 緊張しておぼつかない足取りで受験場所へと向かう。ただこのティッシュが有れば大丈夫。僕のことを今まで守っててくれたんだ。成績だって上がったし合格範囲にまだ入った。僕は一旦自分のネクタイをギュッと結んだ。 駅のの近くまで来た。あと少しで受験会場だ。っと思ったらまた鼻がムズムズする。去年と同じ状況で焦ったがティッシュがあるはず。ティッシュティッシュ、、、 はっと気づいた。そもそも一枚のティッシュは持ってきたかったけど、使う用のティッシュ持ってくるの忘れたんだ。仕方なく一枚のティッシュを使うことにした。使おうとしたら何か書かれていることに気づいた。 頑張れ ティッシュにはただそう書かれていた。 その一文字が僕の心に響く。僕は泣いた。花粉のせいなんかじゃなくて、これほどまで僕に希望を与えてくれたものはなかったから。たった一枚の紙切れ。それが僕の原動力になったなんて思いもしなかった。 「ティッシュ入りませんか?」 やっぱり使うのはやめてあそこのティッシュ配りの人からもらおう。僕は涙を堪えるようにして歩いた。 「お待ちしておりました」 「誰ですか?」 知らない女性が立っていた。あのおじさんはどこに行ったのだろうか?ここ最近見ていなかった。 「貴方にティッシュを配ってたのは、私の祖父です。つまり私は祖父の孫です。祖父は亡くなる直前私にこのティッシュを貴方に配るようにと言われました」 彼女は一つ箱から取り出した配り用のティッシュを渡してきた。 「そして最後祖父が私に伝えたことは受験の1ヶ月後に最後の一枚を使いなさいとのことでした」 僕は涙を堪えきれずに大粒の涙がボロポロと流れてきた。彼が亡くなったとことへの悲しみと彼が僕にメッセージをくれたことに対しての嬉しさが縄のように糾えていた。 僕はただただありがとうございますとしかいえなかった。悲しい反面、嬉しいという感情の交差が僕の心に強く残り何か言葉に表すほどの余裕がなかった。 受験会場に着いた時には僕は不安は無かった。 頑張れの一言が僕の自信につながる。やっぱこの日まで使わなくて良かったし、そもそもメッセージ何書いてることは何も知らなかった。今日気づいたことがすごい奇跡だ。昨年の今頃と今の自分がどれだけ一人の人に救われたかと思うと今の自分ならやれるはずだと自信がもっと湧いてくる。 僕はえんぴつをぎゅっと握りしめて問題を解き進める。一人の名前も知らない初老の人に見守られている安心感。 そして心の声でありがとうと伝えた。きっと天国でも伝わってるだろう。最後まで解き終わったあと僕は少し泣いていた。 あれから1ヶ月が過ぎた。 今日が合格発表の日。僕は高校で受験結果を見に行く僕なら大丈夫絶対に受かってるはずだ。 ええっと10番は、、、 結果...1.2.4.6.7.8.10.... 嘘でしょ。僕合格してる?! そこには紛れもなく10という数字が書かれてあった。間違いない。僕は合格したんだ!! 側から見ればただの一枚の紙切れ。それが僕の人生を変えたんだ。ありがとうございました!! 僕は涙と鼻水を1ヶ月前にもらったティッシュで拭き取った。涙が止まると最後の一枚を見た。 合格おめでとう。 そこにはそう書かれてあった。僕が合格することを信じていたことに感謝した。多分このようなことを書かれたのは、僕だけじゃ無いだろうし何人かにもこのようなことはしているのだろう。 だけど僕はたった数枚の紙切れに感謝している。たかが一枚の紙切れ、されど一枚の紙切れ。これに助けられたのは事実だ。僕はこの人のように誰かを助けたい。無論配り用ティッシュでね。
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