Prisoner Of Love

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それから私は近くのお弁当屋さんで働き始めた 一応主婦業が優先だから、朝、行雄が出かけてから出勤し、夕飯前には帰宅出来る時間帯 なんだか久々の学生時代に戻った気がして、仕事する事が新鮮だった 惣菜を作ったり、おにぎりを作ったり、それを店に出して、接客もついでにしなきゃいけなかったり… 接客と調理の両立がなかなか難しくて、最初は戸惑ってしまったが、慣れてくると日替わりメニューに目を通したり、常連客の顔を覚えたり、楽しくなってきて…充実した日々が送れるようになった そうして、暫くその生活を続けて、すっかり行雄のことばかり考えている自分はいなくなっていた 「今日遅くなるよ」 「ふぅん、そう」 生返事しながら、ぼんやり朝のニュースを眺める やはり仕事をし始めると疲れる 仕事と主婦業を両立するのは、私みたいな貧弱には、なかなかハードみたいだ でも世の中には、主婦業に加えて、子育てまでこなす働くお母さんがいるんだから、私はそんな人を心底尊敬してしまう たった五時間ばかしのパートで、ひぃひぃ根を上げている私とは比べものにならない その日も無難にこなして、足早に帰宅しようとした時、ふと、今日は給料日かと気付いた パートを始めて初めての給料日 行雄は、お小遣いにしてもいいよと言っていたのだが、私は家庭に入れようと思っていた 銀行に行って入金を確かめたら、思いの外結構お金が入っていたので、ちょっと息抜きでもしようかな、なんて思う 私が私の力で手に入れたお金 行雄に比べたら、はした金、と言われるかもしれないが… 私は入金された殆どのお金を家に入れて、残り一万だけを降ろすと、新宿へ足を伸ばした 今日も行雄が遅いっていうし…ちょっと一人で贅沢しようかな… 新宿に着いて、駅と直結しているレストラン街に行き、少し早めの夕飯にすることにした 色々な飲食店が入る中、悩みに悩んで結局イタリアンに決める 「いらっしゃいませ」 一人で四人掛けのテーブルに通され、ウェイターの人がメニューを差し出す 夕飯には少し早い微妙な時間帯なのか、人は疎らなお店 しばらくすると、大きな蟹の足と細長い貝が入ったパスタ運ばれてきた ペロリと平らげ店を出て、新宿の街を食後の休憩がてらぶらぶらと散策してみる 私の家は世田谷の下北近くにあるから、新宿や表参道とかは何か用事や、誰かが指定しなければ出かけることがほとんどない でも行雄や、あや子が働いている街だからどんなところなのか興味があったのだ 坂を下って西口大ガード下の交差点を渡ると、左側には歌舞伎町一番街と書かれたでかでかとした看板 そこをさらに通り過ぎると、映画館の入った高くそびえ立つビル 引き寄せられるように、そこに歩みを進めた 特に見たい映画があるというわけでもないのだが、なんとなく、自分の時間を使えるってことが嬉しかった 上映する映画のフライヤーを眺めながら、目ぼしいのを見つけるとチケットを買って、上映時間までの間、映画館内の映画のタイアップグッズを見たりして過ごす いざ上映された映画は、ほっこりする家族ものでいいリフレッシュにはなった 映画館を出るとすっかり夜 行雄からの連絡はまだない 時刻は八時近く 周りには、酔っ払いの学生やサラリーマンが、楽しそうにはしゃいでいる べったりくっつくカップルも、もしかしたらキスでもしちゃうんじゃないかというくらい、お互いの顔近くで囁きあっているカップルもいた ネオンに染まった街は、私を大胆に誘ってくる 歌舞伎町を抜け、靖国通りを渡り、路地裏の雑居ビルにひっそり佇むバーに吸い寄せられるように入った 「いらっしゃいませ」 白いスーツが似合う、壮年のマスターが優しく出迎えてくれる 昔、行雄とよくこうやって、オーセンティックなバーに飲みに来たっけ 行雄が頼むお酒は決まってて、必ずスコッチソーダを頼むのだ 私はお酒が得意ではないから、甘いお酒を頼むのが定番だった 「ファジーネーブルを」 最近外でデートも、まして、こうやって飲みに出ることも全くなくなっちゃったな… 小さなため息をついた 甘美なお酒は、飲めない私を強くする ほろ酔いで店を出て、すっかりディープな時間
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