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そんな不安定な日常を過ごしながら
気付けばもう年末
パート先には年末年始は休みのシフトを出していた
特に、予定はないけど…
でも、年末年始まで働きたくないな、なんて思っていたのもあったし
年末年始くらい、ゆっくり自分の時間を大切にしたいな…なんて思ったんだ
なのに…
「ん、はい」
行雄に着信があった
大晦日の、深夜になろうとしてる時間
丁寧な受け答えで、通話したままリビングを出る
今までそんなこと一度もなかったのに、だ
以前はリビングで私がいても、お構いなしに通話をしていたのに
夕飯の片付けをしていた最中だったが、私は平常心を装って
何度も何度も同じ皿を洗っていた
水が流れる音と、リビングから聞こえるニュースの音しかしないはずなのに
私には何も聞こえずに
ただただ無音の中で、自分の心臓の音だけを聞いていたんだ
行雄が戻ってきたと思ったら、上着を羽織りカバンを持つ
「ちょっと、出てくる」
「…どうしたの?」
「いや、仕事先から連絡
急ぎみたいで」
こんな時間に?
「じゃあ、行ってくる」
彼は言いたいことだけ言うと、足早に自宅を出て行こうとしている
本当に仕事…?
本当は、女に会いにいくんじゃないの…?
わかるんだから、あなたの行動が
何もかもが不自然過ぎて
寧ろその
不自然な程、自然な行動が
私の猜疑心を確信的なものにさせるよ
「何時に帰って来るの?」
玄関先
彼の背中に問いかけた
「早く…帰ってくるよね…?」
女の所に行っても
私を、裏切らないよね…?
振り向いた彼と、目が合う
「…わからないけど
二、三時間くらいかな…」
「そう…」
静かに閉まる玄関扉
『…わからないけど
二、三時間くらいかな…』
そう言って
帰らない事が何度もあった
二、三時間ね…
どうせ、また帰ってこないんでしょ…?
私、知ってるんだから…
寝室に移動して横になり、携帯の灯りだけで過ごしながら
携帯の時計が十二時を指し
日付が、変わる
大晦日だって言うのに
年が明けたって言うのに
私は独り
ベッドに体育座りをしながら、年を越した
寝室の黒い液晶パソコンには、反射した自分の影がぼんやりと映っている
大晦日や、お正月と言えば
年越し蕎麦を食べたり、年末の、微妙につまらないテレビ番組をだらだら見て過ごしたり
カウントダウンを、一緒に過ごしたり
そう言う事、友達や家族としてきたし
おせちを食べたり
初日の出見たり
初詣行ったり
お雑煮を食べたり
そう言う事をして過ごしたいと…思っていた
多くを望んではいないと…思う
少なくとも…私の中では
それが年末年始の過ごし方であり
当たり前の事なんだと…
思っていた
そして、今
きっと、私の過ごしてきたような時間を…過ごしている人もいる
孤独に過ごす人や
仕事の人も
お構いなく
ベッドから立ち上がり、のろのろと寝る支度をして
再びベッドに戻って、さっきと同じ体勢になる
私にとっては
大晦日も
年明けも
普通の日
普段の日常
毎日繰り返す日々の中の、一日
そう思った瞬間
玄関が開く音がして、ハッとする
行雄が帰って来たのだ
リビングに出ると、キッチンの廊下を通ってリビングにやって来た行雄の姿
「おか…えりなさい…」
「ただいま…
…どうしたんだ?そんな驚いた顔をして…」
「えっ……いや、別に…」
てっきり…今日は帰って来ないと思っていたからだ
けど、家を出てから一、二時間ほどの短時間で、本当に帰ってきた
安堵と安心と、嬉しいと言う感情
でも
一体こんな少ない時間で何してたと言うんだ…?
直ぐにそんな感情に支配される
ホテルに行くには、時間が短すぎる
…食事か?
でも、酔っている様子はないし、先ほどと調子は変わっていない
「じゃあ、俺そろそろ寝るよ」
「…うん」
そう言うと、行雄はあっさりと寝室に向かって寝てしまった
私もそろそろと、ゆっくりベッドに入る
私の元に帰って来た
行雄は今
私の隣にいる
私を見捨てないでいてくれた
裏切らないでいてくれた
でも
だからって
浮気の証拠を探す事ををやめるのは
やめてしまう事は
出来ない
歯止めが効かない
もう
戻れないんだ
進んでしまった時計の針が、元に戻らないように
私と行雄の関係も
じわじわと
不穏をはらんだまま
進んでいく
突き止めるまで
止まらない
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