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わたしの名前はルナ。
女として生を受けたけど、男として生きている。
わたしの住む国では徴兵制があり、戦争の際には、一家から必ず男一人以上を兵士として送り出さなければならない。
わたしの家族は、父、母、わたしの三人家族だ。
他の家族ではわたしのような家族構成の場合、父が兵士として戦場に赴くことになるのだが、父は病弱で、それは無理というほかなかった。
国の方からも、戦場で倒れられても困る、という理由で父が兵士となることを禁止された。
しかし、それでルールが免除されるわけではない。父がだめなら他の者を送り出さなければならなかった。
もしもそれができなければ、金で国を支えよといわんばかりに、税が十倍にもなる。
裕福な家庭では、それをしているところもあると聞くが、残念ながら、我が家は裕福から縁遠いところにいる。その日暮らしにあえいでいるぐらいだ。
税が十倍にもなったら一巻の終わりだ。税が払えなくなったら最後、刑務所に入れられ、死ぬまで奴隷のように働かされる。もちろん無休で無給だ。
だから、家族が生き延びる術は、わたしが男として生きる以外になかった。
幸いにも、わたしが産まれてから十五年もの間、戦争はなく、呼び出しはなかった。
だが、わからない。戦争はいつ始まるかわからない。明日にだって開戦するかもしれない。特にここのところ、隣国の動きが怪しいとも聞く。
それに、一番心配なことは、わたしが女であることを隠し続けられるかどうかだ。正直、戦争になれば難しい。集団生活を営むことになるからだ。
しかし、命を懸けて隠し続けなければならない。万が一にも見つかれば、国を欺いたとして、わたしだけではなく、家族全員、死罪となるだろう。
大きくなるにつれて、体は嫌が応にも女性らしさを増していく。
胸などはさらしを巻いておさえつけ、丸みを帯びる体は筋力をつけるなどして女性らしさを無くす努力は常にしている。
しかし、それでも不安が無くなることはない。命の危険が無くなるわけがない。わたしが女性である限りは。
そんなある日のことだった。
「願いを何でも叶えてくれるランプ?」
わたしはお父さんからランプを受け取った。そのランプは新品にしか見えない。黄金に輝くそれは、傷一つついている様子がない。
絶対に嘘だ。願いを叶えてくれるなんて、どこかの世界の夢物語ではないのだから。
でも、父がそんなものを簡単に信じるのも不思議だった。父はどちらかというと用心深い人間だ。今までも怪しげな商品を売りつけられそうになったことが幾度とあるが、その全てを看破している。
「俺も初めは嘘だと思った。だけど、実際に魔法をこの目で見たんだよ。信じてもらうためのお試しだ、とか言って、俺の姿をウサギにしたり、ドラゴンにしたりしたんだよ」
にわかには信じがたいが、父は興奮気味に語っている。父の言葉を聞く限りでは嘘とは思えなかった。
「ほら、ランプを覗いてごらん。魔人がいるのが見えるはずだ」
「……本当だ」
魔人はお風呂に入っていた。魔人がこちらを見た。燃え盛る炎のような赤色の瞳だった。
「おいおい、両親から学ばなかったのかい? 魔人の風呂は覗いちゃダメだってな!」
背中をこすっていた泡だらけのブラシをこちらに向けてくる。泡がランプから漏れ出てくる。
「その魔人が、願いを一つだけ叶えてくれるそうだ。ルナ、これはお前に託す」
「……わたしに? お父さんが使えばいいのに」
「いや、お前に使って欲しい。受け取ってくれ」
「……ありがとう」
わたしはランプを受け取った。
「願い事が決まったら、ランプをこするんだ。そうすれば魔人が出てきて、願いを叶えてくれる」
「わかった」
わたしはランプを持って、自室へと戻った。
テーブルの上にランプを置く。この中に魔人がいて、わたしの願いを一つだけ叶えてくれる。信じがたい話だ。
でも、わたしはランプを早速こすった。
万が一にも、億が一にもわたしの願いを叶えてくれるのなら、わたしは、わたしの家族は命の危機から脱することができる。
わたしはその一縷の望みに全てを賭けることにした。それだけの価値があると判断した。
「やあ、ルナといったかな。覗きはダメだぞ」
言いながら、にんまりとした笑みを浮かべた魔人が現れた。下半身はランプとつながっているらしく、上半身だけの登場だった。風呂あがりらしく、バスローブを羽織っていた。
「あれはたまたまだ」
「んん? ルナは女性だよね?」
「いや、わたしは男だ」
「ああ、そういうことか。男として育てられたって感じか。あるいは、男として生きなければならない理由がある、そんなところか。まあ、どうでもいいや。男か女かなんて大したことじゃない。わたしの願いは、人の願いを叶えることにある。そこに性別の差なんてない。人であれば何でもいい」
魔人は指で温風を出し、それで頭頂部で一本にまとめた髪を乾かしていた。これも魔法なのだろうか。
「それで、ルナの願いは?」
右の指を鏡に変え、左の指を剃刀に変え、それで髭を整えながら聞いてくる。
「わたしの願いは――」
「ああ、ちょっと待った! 願いは一つだけね。その他、注意事項はこちら。といっても、叶えられない願いがいくつかあるから、それを守ってねってこと」
注意事項の紙が、指をパチンと鳴らしただけで目の前に浮いて出てきた。
そこに書かれていたのは、死者の蘇りは不可などといったものだった。わたしの願いは、どうやら注意事項に抵触しない。
「わたしの願いは注意事項に当てはまらない」
「そう。それは良かった。じゃあ、どうぞ」
「わたしの願いは、わたしを男にして欲しいということだ」
「……さっき自分で男だって言ってたじゃん」
「それはそうだが、それはあくまでも心持ちでしかない。やはり、男と女では体のつくりが違う。それを男にして欲しい、ということだ」
魔人は髭を撫でながら、わたしの体をつま先から頭頂部までじっくりと観察してきた。
「まあ、できるけど。それでいいの?」
「ああ、構わない」
「本当に? 本当の? 本当に?」
わたしの瞳は魔人の瞳でいっぱいになった。
「ああ、本当だ。わたしを男にしてくれ」
魔人の目の奥が一瞬、陰った気がした。
愚か者だな。
そう言われた気がした。
それでも、わたしはわたしの願いを改めて口にする。
「魔人。わたしを男にしてくれ!」
魔人はわたしから離れた。そして、手をわたしの頭にかざした。
頬杖をつき、大きなあくびをして、とてもつまらなそうにしながら。
「最終確認ね。君を男にする。それでいいね?」
「ああ、それでいい」
「……わかったよ。君には少し期待していたんだけどね。残念だ。君も愚か者だった。名前を覚える価値もない」
魔人はそうぼやいた。
刹那、魔人の手から閃光が放たれた。それがわたしの全身を包み込んだ。そして、それは一瞬で霧散した。
するりと、何かが落ちた。わたしはそれを拾い上げる。
「さらしだ……」
わたしは胸をまさぐる。あったはずの柔らかなふくらみは消え、固い胸板があった。
股間にも違和感があり、パンツを下ろした。
そこには立派かどうかはわからないが、男性だけが持つものがあった。
わたしは顔を覆いながら、膝から崩れ落ちた。
男になれた。なれないと思っていた男になれた! これでもう怯えなくていい! 女であることを隠さずに、堂々と生きていける!
「ありがとう、魔人! ありが……」
テーブルの上にあったはずのランプを消え失せていた。もちろん、魔人の姿ももうなくなっている。
初めからそこには何もなかったかのように。
だが、わたしが男になったという事実は真実だった。
わたしは、パンツを上げるのも忘れて、父と母に報告に向かった。
「今回もハズレだったようですね」
ランプの中にある俺の家。そのキッチンに立つ俺の従者が大して残念そうでもなく言った。まあ、こんなことが五回続いたのだから、そうもなる。
「全くもってつまらない」
俺はソファーでふんぞり返りながら、本をめくる。本といっても、物語が書かれているわけではなく、あらゆる世界にいる望みを持つ者のリストだ。俺はこのリストを見て、その者の近く、あるいはその者に近しい者の近くに魔法の力でランプを落とす。
どうしてこんなことをしているのかというと、言ってしまえば、刑罰だ。人間の望みを一定程度叶えなければならない。
「どうして人間は、こうも愚かなのかね。今回の人間だって、男になることが目的じゃなかった。最終的な望みは、家族が安心して暮らせる日々だったはずだ。男になるのは、その手段にしか過ぎない。それなのに、それが目的化してしまい、依頼する願いを誤った。男になっても、世の中が平和になるわけではない以上、家族と本当の意味で安心して暮らせる日々は訪れることはない」
「たしかにそうですね。手段が目的になってしまっていましたね」
「俺は何でも願いを叶えられるのだから、単純に、家族が未来永劫、安心して暮らせる世界にして欲しい、とかそんなことを望めばいいのにな」
「人間はきっと人間が可能だと思える範囲でしか物事を考えられないのですよ。それこそ、あなた様の力があれば、人類から性別を無くして欲しい、とか、永久にあらゆる争いがない世界にして欲しい、といった望みだって叶えられますからね」
「まあ、そうだな」
俺はリストに視線を戻し、次の人間を物色する。
「……お、こいつはいいかもしれない」
「今度はどういった方ですか」
「日本っていう国で、人類の神になるのが願いらしい」
「……そんなことを考えるなんて、ろくでもない人な気もしますが」
「まあ、とりあえず行ってみようと思う。もしもそれを望むなら、力の使用量から考えて、俺の刑罰もだいぶ軽くなるってもんだ」
「刑罰が追加されないことを祈りますよ。わたしだっていつまでもランプの中にいたくありませんから」
従者はそれだけ言うと、自室へと戻っていった。
こいつのためにも頑張らないとな。
俺は指を鳴らす。ランプは次の人間の元へと旅を始めた。
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