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『たぶんなんだけど、智絵里ちゃん、おめでただと思う』
「マジで⁈ なんでわかったの⁈」
智絵里とは、二人がくっつけた篠田の妻で、塔子の後輩だった。
『なんかずっと黙って、ハンカチで口を押さえてるのよ。時々トイレに駆け込んでるしね。本人たちは安定期に入るまでは黙ってるつもりだろうけど、かなり悪阻が辛そうだし、早めに会社に報告した方がいいかも』
さすが女性目線。俺だったら気付かないかもしれない。
『私たちが引き合わせた二人に新しい命が宿るなんて、なんか不思議な感じじゃない?』
「そっか……篠田がパパになるのかぁ。ちょっと細かいけど、きっといいパパになるだろうな」
『そんなこと言ったら、松尾さんだっていいパパになりそうよ。子どもと一緒になって遊んでそうだもん』
「いやいや、俺、本気で遊ぶよ。なのに合コン行っても"良い人"止まり。なんでかなぁ」
『あはは。この間の合コンも?』
「そうなんだよ〜! 日比野ちゃん、聞いてくれよ〜!」
一連の流れを話すと、塔子は笑いが止まらなくなる。
『おかしいなぁ。松尾さんって良い人っていうより、面白い人なのに。むしろ噛めば噛むほど味が出るよね。伝わらないなんてもったいない』
「日比野ちゃん、君はめちゃくちゃ良い奴だ〜!」
『……なんか初対面の時を思い出すな。社会人なのに、やけに元気過ぎる挨拶するし、周りに気を遣えるし、すごく好感持ったよ』
「やっぱり"いい人"?」
『あはは! 確かに! でもそれは最初の話。今は松尾さんの良いところをいっぱい知ってるよ』
あれっ? なんでだろう。俺、今すごく胸がキュンとしてる。俺の良いところってどこだ? それってそんなにあるのかな?
「そんなこと言ったら、俺だって日比野ちゃんの良いところをいっぱい知ってるしね」
『えっ⁈』
「俺だって、初対面の時にキレイな人だなって思ったし、誰に対しても優しいから、ちょっと調子に乗っちゃったもんな」
『……いつ調子に乗ってた?』
「ほら、あの時……」
言いかけて、総馬は慌てて口を閉ざす。
そうだ、思い出した……。本当は優しくてキレイな日比野ちゃんにときめいて、飲みに誘ったんだ。なのにゲームの話で盛り上がって、こんなに気が合う人にはなかなか出会えない! って思って……。
それから毎週ゲームの約束をして、飲みに行って、気兼ねなくお喋りをしてたら、つい友達の座に落ち着いてしまった。
蘇る記憶と今の感情の狭間で、もう何を言っていいのかわからなくなった総馬は時計を見てハッとする。
「あっ、そろそろ時間だ!」
『えっ……あっ……そ、そうだね……』
「じゃあまた、金曜日にね!」
回線を切った総馬は、恥ずかしさのあまり頭を抱えた。
おいおい、ちょっと待て。このドキドキは何なんだ⁈ まさか俺……いや、まさかそんなことって……。
でも思い返してみれば、友達だからと恋愛からは切り離していたところもある。だって恋愛対象になったら、大事な友人を失うことになってしまうのだから。
一緒にいてすごく楽で、楽しくて、日比野ちゃんを笑わせたいって思って……。
あぁ、そうか。俺、きっと誰よりも日比野ちゃんが大切だったから、二人で過ごす時間を大事にしてたんだ。だって合コンより日比野ちゃんとのゲームの方が優先度が高かったくらいだし。
そこまで考えて、ようやくわかった。俺ってバカじゃん。篠田に偉そうなこと言ったのに、俺が一番わかってなかったんだ。
俺の中で、ようやく日比野ちゃんへの想いが復活した瞬間だった。
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