プロローグ「終わりの始まり」

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プロローグ「終わりの始まり」

「私が君を殺してあげる」  彼等二人と一匹以外に誰もいない広い平原で、一陣の風が吹く中、彼女は彼にそう言った。  彼女の淀みのない水のように透き通った声が、彼の鼓膜をそっと揺らしてくる。彼の目の前に立つその少女の瞳に、迷いの色は一切見当たらない。  最初彼は自分の耳を疑った。だってそうだろう。こんな事を大見栄切って、大真面目に言ってくる人なんて、異端者か、人格破綻者ぐらいしか考えられない。  日常の中でありふれた言葉かもしれないが、本気で殺そうとしてくる人などそれこそ稀だろう。そうでなくても、脅しの言葉としてぐらいにしか使われないのに。  ――いや、異世界に前世の常識を当てはめるのは、よくないのかもしれない。  だとしても、彼女のそれは彼にとって非常識だと言わざるを得ない。こんな可憐な少女が口にする言葉とは、到底思えなかった。  彼女には失礼だが、倫理観や思考回路のどこかに、異常をきたしているのではないかと疑った。  イカれてるのかと思った。だが、イカれているぐらいが丁度良いのかもしれない。  これほどきっぱりと宣言する人ならば、罪悪感も、後ろめたさも感じない。  きっと彼女は、彼のこの歪な願いを理解してくれたのだ。  それは、彼の願いが間違っていないという証明に他ならない。  普通に良識があり、優しい人なら、もっと別の言葉をかけるだろうと思っていたが、彼女は違ったのだ。  その言葉が、後にどれだけ彼にとって救いになったのかは、きっと彼女には分からないだろう。  酷く物騒で非常識なその言葉は、粉々に砕けて暗く深い海の底に沈んでいた彼の心のカケラに、一筋の光を照らしてくれた。  彼女は彼を、終わりのない円環の中から、引っ張り出してくれたのだ。  この止むことのない苦痛から、自分を解放してくれると、そう言ってくれたのだ。  この時の彼は、彼女が本当に言わんとしている事を理解していなかった。  だが、どちらにせよ、彼が救われたのは違えようのない事実。  彼は彼女に殺されたのだから。  今、この時が、彼の願いが初めて他人に肯定された瞬間。  ああ、だからこそ……、  新たな人生で死を願うのは間違っていない。
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