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カムイ岬の雪 一、
カムイ岬の雪
男がふらつきながらも、彷徨い歩いている。
雪で覆われた冬の岬で、一人ふらつきながらも、必死で歩いている。
その地は北の海にあって、ちょうど真冬の荒天で風と雪が吹き荒れている。
なのに、男のその恰好は冬の服装では無かった。
真っ赤に汚れた装束は、とてもこの天候どころかおそらくこの地では生きられまい。凍死するのが身に見えていた。
見たところ、男の年恰好は三十代後半くらいから四十代くらいかと思われる。
男のその髪は、ざんばらに乱れていた。
侍烏帽子はおろか、結っていた筈の髷も無くなっていた。
武士かと思われる装束も、ボロボロで血と泥で汚れている。太刀で斬り裂いたようなかぎ裂きで所々破れ、血も滲んでいた。
ボロボロで残っていた鎧装束には、何本もの矢や太刀が刺さっていた。
最早、この男には必要が無いようであった。
兜はもちろん、大袖≪おおそで≫や草摺≪くさずり≫が破れてしまっていて……落ちてしまったようだ。鎧兜の姿は、もう見る影も無かった。
時々男は、気が付いたように必要ないものとして鎧装束を捨てているのだが、意識が朦朧としているのか所々残っており、妙にちぐはぐに映る。
自分の血を刀傷で多く流したためか、それとも、希望が見えぬ絶望のためか。
自分の太刀を抜き身のまま、杖代わりにしてふらつきながら、歩く。
血が流れて雪で白くなっていた地面を、点々と赤く染めている。
そこかしこに受けた血は、自分の血か。それとも切り結んだ相手の血か。もう分からなくなっている。
相手の顔なんかいちいち覚えているものか。もう、どうでも良い事だ。
「ここは何処だ。俺は……どこまで来たのだろうか……」
まあ、良いわ。儂はもう長くない。
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