カムイ岬の雪 四、

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カムイ岬の雪 四、

 ふと見ると、一匹の獣が岬に向かって歩いていた。  痩せこけた狼。所々傷を負って、降り積もる雪の地を、ふらつきながら歩いていた。  疲れた表情。老いた体躯。  それでもその狼は、その瞳に、風前の灯火ながら炎をメラメラと燃やしているように、男の瞳には映った。  こやつも縄張りや餌を求めて、狼や他の動物と争ったのだろうか。  死に場所を求めているのか?  男は腹が減っていた。 だったらこの老いた狼を捕まえて、喰うてみようか。  懐に隠していた短刀を取り出そうとして……辞めた。  これから死ぬものが、生きるために獣を捕まえて喰らうだと? 滑稽ではないか!  男は、苦笑した。  冷たい風が、思わず綻んだ男の頬に突き刺さる。  でも、男の苦笑顔はしばらくしたら元に戻った。  彼には、皮膚への関係が殆ど無くなっていたのだろう。  それとも、全身に突き刺さる痛みが、彼の感覚を麻痺させているのか。  男はいつの間にか、狼の後を、岬に出る一本道を伝ってふらつきながら歩いていた。  岬に向かってふらつき彷徨う狼と、これもふらつき彷徨う男。  突如、狼が男の方を振り向いた。 疲れている獣の顔は、男を見つめていた。瞳が一瞬鈍く炎のように光る。  でも、少しの間が流れたのち、狼は男の方を気にせず前を向いて、ひたすらふらつき歩くようになった。  貴様になど興味は無い。  俺は狼だ。  人間共愚かでは無い。いずれ何処へでもくたばるがいい。  俺には知らぬ事だ。  男は、狼がなんとなくそう答えたような気がした。 「おぬし、この俺を馬鹿にしているのか? 畜生の分際で」  懐の短刀を取り出し、狼に向かって振ろうとした。 でも出来なかった。  大きくふらついてしまい、雪原に倒れてしまったからだ。それでも短刀は手放そうとはしなかった。雪と土が顔を汚す。  太刀が使えない以上、短刀を捨てるわけにいくものか。  これは俺にとって残された命そのものだ。
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