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カムイ岬の雪 六、
「お前、泣いているのか? 」
男は思わず狼に問うた。
それは、この私に向かって泣いたのです。そうであろう?
突如、男の頭の中に声が響いた。聞いた事がある声。
狼にも声が聞こえたようだった。遠吠えを止めていた。
「誰だ? 」
男は、反射的に身構える。でも声の主が分かった途端……。
一瞬、構えが緩んだ。
「お前、どうしてここに? 死んだのではなかったか? 」
男がいる岬の向かい、海面にそそり立つ巨大な岩に立つ人影。
白い小袖を着た女性の姿だった。
男と対になるような姿で、幸せそうな笑みを見せた。
お前さま、お会いしたかった……!
俺もだ……会いたかった。
そなたの処に行きたくなった。良いか?
儂は……もう疲れた。
鎌倉の北条の連中のご機嫌取りなんぞ、もう金輪際、ごめん被りたいものじゃ。
ふふん……。
それもハッタリだったなあ。
儂等が、単に北条にとっては、邪魔な存在の下に在っただけの話じゃ。鎌倉での勢力争いで、我ら上総氏一門が巻き込まれただけの事じゃ────。
せめて、彼奴らに一太刀浴びせたかったものじゃのう……。
もうそれも、この北の果てじゃ叶わぬ事。
こんな、ボロボロになった太刀ではムリじゃ、ムリじゃ!
おや、先祖から受け継いだ鎧兜も無くなっておるわ。
はぁっ……! はっはっはっはっははは……っ!
岬から見える、荒天の海で男は大声で笑った。
目の前にそそり立って見える、巨大な岩には何が見えているのだろうか?
男は、しばらく笑った後、もう一度海を見た。
荒天の海が、男の目には安房国から見える海に見えていた。
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