雪の東京タワー

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息が白くなり、たちまち雪が舞い散る夜空へ消えていく。 かじかんだ手のひらを暖めるように、 口に近づけながら、彼は口を開いた。 そろそろ見えるから 冷えた足を、擦り合わせて。 足元には、何度も踏みしめられた跡の雪がある。 それはもう、砂利というか、水溜まりというか。 彼は今日何度目かの言葉をはく。 そろそろだから 買ってもらった缶コーヒーは、手を暖める役目だけ果たし、気がつけば冷えてしまっていた。 なんてことのない、名前も知らない山の上、 小さな山小屋から少し歩いた展望台。 吹きさらしの展望台。 片田舎の、つまらない観光地。 少しだけ、星空が見えて綺麗かも、と思ったのは、大体ここに来て30分くらいだろう。 眼下には、日中であれば多少の木々と、その裾野に広がる私の町が見えるはずだ。 今では、うっすらと白く反射して、雪が積もっているくらいにしか見えない。 私たちは、こんな場所にいた。 さあ、来るぞ 彼は、暗がりで目を輝かせながらそう言った。 こんな田舎に何が来るのか。 私は、斜に構えていたのだが、目の前の光景に思わず息を飲んだ。 それは、降り注ぐ光の雨のような 光の奔流が 暖かなオレンジの 周囲の雪に反射して、さらに輝きをまして 光同士が共鳴するかのように 私は、光に包まれた。 思わず目を細めていた私の手を誰かが握った。 あまりの驚きに、体が硬直してしまう。 その手は、あまりに冷たかったのだ。 となりにいるはずの、彼を見る。 彼を見た、はずだった。 いったい、どういうことか、まったくもって理解ができなかった。 光の柱から、彼の手だけが生えていた。 厳密に言うと、彼のいた場所を光が強烈な密度と共に地面へと貫いていた。 手だけをこちらに伸ばして。 その手は助けを求めた手だろうか。はたまた、私も連れていこうとした手だろうか。 私は、悲鳴や恐怖などより、理解を越えることに、ただ呆然としていた。 そして、目を細めながら光の柱を見上げる。 天高くそびえる光は、色とりどりの発光をし眩い。 先端は見えず、反対側も見えず。 彼の姿も見えず。 不気味なまでに、無音で。 圧倒的なまでに存在していた。 ああ と私は、思い出す。 10年前に東京行ったときのことを思い出した。 初めて見た。都会。 ビル。 そして東京タワー。 その圧倒的存在感と力強さに心が惹かれた。 それ以上に彼の目が異様に輝いていたのを覚えている。 そのとき、彼の呟きが聞こえてしまった。 俺、いつか東京タワーになる。 と。 彼は、それを叶えたのだろう。 横にそびえる光の柱は圧倒的なまでに、この世界を照らしていたのだから。 私は呟く。 スカイツリーにも負けてないよ と。 舞い散る雪は、彼をよりいっそう輝かせていた。
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