行方不明の長女

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行方不明の長女

 アルマにハンカチを出された少女は、ぐずぐずと泣きながらハンカチで涙を拭い、鼻まで噛みはじめる。相当に心細かったらしい。  少女の行動を嫌がることなく、アルマは黙って待っていたら、ようやく彼女は目元を真っ赤にさせて口を開いてくれた。 「あたし、アビー。この子はハンナ……行方不明になったのはおねえちゃん……ケイトおねえちゃんなの……」 「どうしていなくなったのかわかる?」 「……うん。もうすぐ一角獣が湖に現れるから、村の皆で湖の掃除に出かけたの。普段から誰も湖にゴミなんて捨てないけど、念には念を入れて掃除をするから……あたしたちはおねえちゃんに店の掃除を任されて、店の掃除をしていたんだけれど……掃除が終わって皆帰ってきたのに、おねえちゃんだけいなくなってたの。最初の三日間は皆で誘拐事件だって大騒ぎになって探したんだけれど……もうすぐ魔法使いの人たちが滞在するからって忙しくなっちゃって……そのまま捜査は打ち切りになっちゃったの……」  聞き覚えのある話に、ルーサーはこめかみが痛くなるのを感じた。  アルマもそう思ったのか、いつも以上にしかめっ面をしつつも、泣いている小さな子がふたりもいる手前、声を荒げることもなく「そうなの……」とだけ言った。 「あ、あの……魔法使いの人たちに、おねえちゃんを探してくださいって言っても、皆、一角獣や角にかかりっきりで誰も話をきいてくれなくって……おねえちゃんを、探してください」 「あの、アルマ……」  ルーサーとしてみれば、ぜひとも探したかった。  どう考えてもこれは、妖精の取り替え子の事件に酷似しているし、放っておいたら、ケイトと呼ばれる女性だってただでは済まないだろう。  だが。一角獣の観察をしたかったアルマはどう思うのか。  アルマは一瞬息を詰めたあと、女の子たちを安心させるようにしかめっ面をほぐして笑みを見せた。 「わかったわ。あなたたちのおねえちゃんを探しましょう」 「あっ……! ありがとう、ございます! ありがとうございます!」  途端にアビーはまたも泣き出し、釣られてハンナも泣きじゃくりはじめたのを、ふたりがかりで必死で宥めてから、ふたりは一旦調査のために店を出た。 「アルマ、ありがとう……」  ルーサーがそうポツンと漏らすのに、アルマはきょとんとした。 「ルーサー、あなたがどうしてお礼を言うの?」 「だって君は妖精学を勉強しているから、一角獣の観察をそっちのけであの子たちのお姉さんを探してくれるのかなと……」 「あら。だって私、妖精は嫌いよ? それにあの子たちのお姉さん、物的証拠がないけれど、状況証拠から言ってしまえば、犯人は一角獣だもの。探し出さないとまずいんじゃないかしら?」 「……一角獣は乙女が好きだって聞いたけど、誘拐されたなんて話は、僕は聞いたことがないんだけど……」  そもそもここは国内でも数少ない一角獣の観察場所だし、魔法使いたちが大勢押しかけてくる。もし一角獣に乙女が誘拐されるなんて話があったら、もっと早く広まるのではないだろうか。少なくとも、ルーサーはアビーとハンナの姉妹に泣かれるまで、そんな事件を聞いたことがなかった。  しかしアルマは冷静に指摘する。 「さっきも言ったと思うけれど。元々一角獣を獣だと認識しているのは人間だけであって、あれは妖精の一種。妖精が乙女に求愛した結果、認められたら連れ去ることだってありえると思うわ」 「そ、それは一説じゃなかった? 一角獣が妖精だっていうのは……」 「まあ、とにかく。一旦さらわれたっていう場所を確認してみましょう? それにあの子たちもお姉さんは村の人たちと掃除をしていたって言うんだから、なにか証拠があるかもしれないし」  ルーサーはアルマがテキパキと捜査の手順を説明するのに、うんうんと頷きながらも首を傾げた。 (でも、状況証拠としては一角獣にさらわれたと考えるのが妥当だけれど……もしおねえさんが一角獣にさらわれたのだったら、普通は誰かが目撃してないのかな? 三日間も捜査はされていたはずなのに、どうして目撃情報が集まらなかったんだろう?)  既に前提がおかしいような気がしながらも、まずは湖へと足を運ぶこととなった。 ****  汽車から眺めた景色も素晴らしかったが、近くで見るとより一層美しい。  川魚がのどかに泳ぐのを眺めつつ、畔では熱心に観察スポットを構築したり、角を取るために小舟やボートを用意して湖に浮かべて実験したりしている魔法使いで溢れかえっていた。 「……なるほど、これだけ魔法使いが集まるんだったら、そりゃ事前に掃除のひとつやふたつ済ませるわね」 「あのう……アルマ、思いつきで話してみるけど、いいかな?」 「いいわよ、ルーサー。私は魔法使いとしての知識で凝り固まっているから、見過ごしていることがあるかもしれないし」 「うん……あの子たちの話を嘘だって言う気はないんだけど、三日間は捜査していたんだよね? 一角獣が湖に来る前に掃除をしていたんだし、一角獣が現れたら、普通は三日間の内にその話が出るし、もし一角獣にさらわれたんだったら、あの子たちもそう言うよね? これ本当に一角獣にさらわれたのかな?」 「でもニコヌクレイクには魔法使いはいないわ。もしあの子たちがお姉さんを探して欲しいんだったら、真っ先にその人に頼るはずだけれど、あの子たちが頼ったのは一角獣目当てにやってきた魔法使いだった。あの子たちの話からも頼ったのは観光客の魔法使いだって話しか出なかったわ。だから魔法使いの線はないと思うの」 「ああ……そうか」 「でもたしかにそうね。前例がない一角獣の目的情報だったら、もっと早くにニコヌクレイクに出回るでしょうに、その話は全然なかったわね。レーシー」  アルマは自身の持つ小瓶を開けると、彼女の使い魔のレーシーが光の鱗粉を撒き散らしながら出てきた。 【ヒトイッパイ】 「そうね。ちょっとこの辺りを一周して、妖精や妖獣の気配があったら教えて」 【イイヨ】  レーシーは頷いたかと思うと、そのままパタパタ飛びはじめた。  それを眺めつつ、アルマは溜息をついた。 「本当に今日は、教授が同行してくれたんだったらよかったのに。タイミング悪く今年の学会と重なってしまったから……」 「ああ、そっか。一角獣の観察なのに、どうして妖精学の権威がいないのかと思ってたら」 「ええ。テルフォード教授だったら、もっといい知恵を出してくれたと思うんだけれど」  あれだけ妖精が好きでフィールドワークをライフワークとしている人であったら、今回の誘拐事件でもなにかしらの知恵を絞ってくれただろうに。  ふたりはそう思いつつ、レーシーを見ていたら、レーシーはパタパタと飛んできた。 【ヨウセイイナイ イッカクジュウノケハイモナイヨ】 「……ちょっと待って。去年一緒に一角獣を観察したでしょう? その気配もないの?」 【キョネンノブンハアルヨ コトシノブンハナイ】 「……ううん?」 「アルマ?」  レーシーの証言に、アルマは眉を寄せてしまった。 「レーシー曰く、今年の気配の中に、妖精と一角獣の気配はないって。たしかに、レーシーだったら妖精の気配を教えてくれるのに、これだけ見えないんじゃね……」  かつてルーサーが妖精に呪われていると教えてくれた金色の鱗粉は、今はなにも染め上げてはいない。つまりは、妖精や一角獣の気配はない。  魔法使いの気配も目撃情報もないというのに、人がひとり消えた。 「……普通に考えたら、妹たちを置いてお姉さんがいなくなる訳はないわね。でも、普通じゃなかったらどうなるのかしら?」 「普通じゃないって……」 「これ、一度妖精の線を外して、物的証拠を探したほうがいいわね。ちょっとアイヴィーを探しましょう?」 「えっ? うん」  ルーサーは困惑しながらも頷き、アルマと一緒に、ジョエルと散策しているアイヴィーを探すことにした。 ****  ニコヌクレイクは川魚も美味いが、綺麗な湖で育てられた小麦も美味く、それでつくったガレットも格別であった。 「おいしい~」  硬く焼き上げたガレットを、嬉しそうにアイヴィーは頬張っているのを、ジョエルはご相伴に預かって食べていた。 「うん、美味いね。しかし、去年はここ変に騒がしくなかったよね?」 「そうねえ。女の子だけで歩いているグループは、やけに村の人たちに注意されてたわね。ひとりでもいいから男を入れろって。恋愛推奨?」 「皆が皆、君みたいな考えではないと思うよ。女性だけでなにかあったのかな。乙女をさらうのはユニコーンだけだと思っていたけど」 「うーん、どうなんでしょうね」 「ほう? 召喚科の権威の意見を聞いてみようか」 「やあねえ。あたしなんかよりもそんなのテルフォード教授の娘のアルマのほうが詳しいに決まってるでしょ。どちらかというと、うちの実家の本職のほうよ」  元々解呪師の家系なものの、アイヴィーはそちら方面の才能がまるでなかったがために、いろいろやってみた結果召喚科に落ち着いた経歴がある。  それでも実家が解呪特化なために、そちら方面の知識は幼い頃から叩き込まれていた。  アイヴィーははむっとガレットを咀嚼してから続けた。 「女ひとり……というか乙女? 誰にも唾をつけられてない子がさらわれないようにする、魔除けのためでしょ」 「普通の考えだね。でも不思議だね。一角獣って、基本的に乙女以外は皆殺さないかい?」 「そりゃ一般人だったら、抵抗できなくって殺されるでしょ。でもそれってユニコーンに限らず、馬に跳ねられたら一般人だったら即死じゃない? でも一角獣もそこまで馬鹿じゃない。馬だって、弓矢を持っている人間を見たら逃げるように、一角獣だって魔法使いを見たら逃げるよ。自分を殺せるってわかるんだから」 「ふうん……ぱっと見た限り魔法使いがいない村だからこそ、魔法使いの代わりに男を連れていろって話なのかな」 「多分ね。だとしたら、村で誰かさらわれたのかしら。この季節だから魔法使いに相談が遅れたとか」 「そうだねえ……一番の稼ぎ時に事故が遭ったなんて言って、肝心の客を遠ざけるような真似なんてできないだろうし」  そうふたりでしゃべっていたとき。 「アイヴィー、やっと見つけた」  アルマが前髪を汗で貼り付かせ、肩で息をしながら寄ってきた。隣でルーサーがヘロヘロになっている。 「あらま。デートできた?」 「してないっ。ちょっといい?」 「なあに、ちょっと待ってすぐ食べ終えるから」  アイヴィーとジョエルはさっさと残ったガレットを食べ終え、店主に「ごちそうさま」と言ってから出てきた。アイヴィーの足下には、相変わらず真っ黒な毛並みのクーシーが「クゥーンクゥーン」と言いながら寄り添っていた。 「アイヴィー、ちょっとクーシーに匂いを追って欲しいんだけれど」 「そりゃかまわないけど、なに?」 「村の誘拐事件の捜査をしたいんだけれど、妖精が関わっていそうだけど物的証拠が出てこないから、別方面でアプローチしたいの」
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