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黒魔法に関連する研究使用の禁止法案
アルマの言葉に、ルーサーとコリンナはサア……と顔を青褪めさせた。
「どうしよう……イーヴァ、禁書棚の本を無断で読んでいたんだったら、まずいんじゃ!?」
「ええっと……アルマ、どうしよう……」
「まあまあ、落ち着きなさい。とりあえず、問題をひとつずつ確認しましょう。あと、禁書棚の本を読んでいても、即退学という風にはならないはずだわ。多少は怒られるとは思うけど」
「そ、そうなんですね……ありがとうございます……」
コリンナはどうにか真っ青になった顔から平常心を取り戻そうと、吸って吐いてと息をしはじめたが、まだルーサーは落ち着かない様子だった。
「ええっと、禁書は禁術法適用前からあるものだから、禁書に触れたところで、すぐ法律違反にはならないんだっけ?」
「そうね。最初はお偉方が黒魔法認定したものはすべからく禁止、みたいなもっとごった煮みたいな法律だったみたいだけれど、テルフォード教授みたいな人たちが、次から次へと文献で殴りかかったおかげで、禁書の禁術指定は外されたの」
「ええっと……なら、黒魔法にカウントされている内容の禁書の場合は……どうなるのかな?」
「あら? そのイーヴァというあなたたちのお友達、そんな本を読んでいるの?」
アルマがふたりを見ると、ふたりとも顔を見合わせてから、コリンナが力なく頷いた。
「そうなんです……彼女……死霊術の本をずっと読んでて……止めたいんですけど、私が止めようとしているのを拒絶してか、最近避けられていて、声をかけられないんです……どうしようと……」
「ということなんだけれど、アルマ。まずは黒魔法の禁書を読むって行為は、法律違反になってしまうのかな? どうなのかな?」
「あらまあ……まあ……」
アルマはしばらく考えてから「レーシー」と声をかけて、小瓶を開いた。途端に金の鱗粉を振り撒きながら、彼女の使い魔が飛び出てきた。
【ナアニ? ドウスルノ?】
「聞いてたと思うけど、そのイーヴァという子を監視してちょうだい。多分、あの子のいる場所はわざわざ呪い避けは施されてないと思うから、見つけ出せると思うから」
【トクテイデキル?】
「うちの使い魔に彼女のことを監視させるから、なにか彼女にゆかりのあるものはないかしら? それでレーシーに特定させようと思うんだけれど」
アルマの提案に、コリンナはあわあわとしながら、ローブの中をまさぐった。
「ええっと……私たちが地元の学校卒業のときに交換した、花をしおりにしてます!」
「まあ、多分いけるでしょう。レーシー探せる?」
【ウン】
「じゃあ行ってらっしゃい」
アルマはコリンナが差し出したしおりをレーシーに見せ、レーシーがペタペタとしおりに触れたのを確認してから、窓を開けた。
途端にレーシーは金の鱗粉を撒き散らしながら、飛んでいった。
レーシーが立ち去ったのを確認してから、アルマは「さて」と窓を閉める。
「一応最初に言っておくけど、私は魔法執政官ではないから、法律の見解についてはどうこう言えないわ。その辺りは、魔法法律科の教授にでも聞いてちょうだい。ただ、どちらかというと死霊術に触れている……そっちのほうがまずいわね」
「死霊術っていうと……」
「ネクロマンシーって言えばわかりやすいかしら? わかりやすく要約すると、死者蘇生術を研究する魔法よ」
基本的に、この国では人が亡くなれば遺体は棺桶に入れ、そのまま地面に埋めてしまう。
それが腐る前に、魂を繋ぎ止める方法が見つかれば、死者は蘇る。そういう魔法ではあるが。現実は無情であり、どれだけ研究しても、死者の魂をそのまま埋め込んで蘇らせることはできず、よくわからない魂らしきなにかを入れて、死体だけが動き回る怪しげな魔法に変わってしまった。
だから腐りきった死体で動き回るマミィやリビングデッド、白骨死体で動き回るスケルトンを使い魔として操る、死者を冒涜する魔法として、忌み嫌われるようになってしまった。
これらが黒魔法認定されるようになったのも、ひとえに「死者に対する冒涜が過ぎる」というもっともたる由縁と同時に、もうひとつ意味がある。
「死霊術はね……降霊術にも連なる魔法だけれど、扱いがとにかく難しいの。そもそも死んだ魂の選別ができないから、いったい自分の知っている遺体になんの魂を入れたのかわからないし、そもそも肉体的には死んでいるから、蘇生したと見なしていいのかさえわからない。なによりも、失敗した死霊術は、生きている人たちすらリビングデッドに変えてしまう。そんな冒涜的な魔法ってそうそうないと思うのだけど」
「イ、イーヴァは……イーヴァは、そんな人をリビングデッドに変えたいって考えるような子じゃないです……!」
アルマの言葉に、とうとうたまりかねたコリンナは悲鳴を上げて立ち上がる。アルマは顔色ひとつ変えないが、それにルーサーはおろおろとふたりの顔を見比べる。
コリンナは真っ青だった顔色を今度は真っ赤に染め上げて訴える。
「あの子は優しい子なんです! 人に迷惑かけてまで、魔法に没頭するような子ではないです!」
「……そうね。優しいっていうのはいいことだわ。ただ、優しいから、人を思いやっているからって、なにをしてもいい訳ではないの」
「え……?」
「さっきも言ったけれど。生半可な知識だけの死霊術は、周りにも被害が及ぶわ。そうなったら、私たちだけでは手に負えないから。さっさとイーヴァを捕まえて、あなたの手に負える相手じゃないから止めておけと説得した上で、問題の本を図書館司書や教授に頼んで封印したほうがいいわね」
「ええっと……そういう危険な本って、それでも取っておかないと駄目なんですか……?」
ルーサーがおずおず尋ねると、アルマは溜息をついた。
「扱いが難しいものこそ、残しておかないと大変でしょう? 毒薬に関する論文を、危ないからって全部捨ててしまったら、その毒に当たった人の解毒薬はどうやってつくればいいの。そもそも毒になるものの中には、染料や薬にも使われるものが数多くあるんだから、体に悪いからという理由だけで全部捨てたら生活なんてできないのよ」
「死霊術も……?」
「さっきも言ったと思うけど。降霊術と比較するのに、どうしても死霊術は必要だから。さあ、そろそろレーシーがイーヴァを見つけたと思うけど」
【ヘン ヘン】
窓がカタカタと叩かれたと思ったら、たしかにレーシーが戻ってきた。それでアルマは窓を開ける。
「お帰りなさい。イーヴァはどこ?」
【ハカバ】
「……はあ?」
アルマの言葉に、そもそも妖精言語のわからないふたりは、不安げに尋ねる。
「アルマ……レーシーはなんと?」
「……イーヴァが墓場にいるって。レーシー案内して。あとルーサー、ちょっとアイヴィーとジョエルにも伝言を回して」
「な、なんと言えばいいの!?」
「禁術法違反が発生しているって言えば、ふたりとも動いてくれると思うわ。それじゃ、コリンナ行きましょう」
「は、はい……!」
アルマは窓を大きく開くと、壁にかけている箒を手に取った。
あまりにも古典的な魔法であり、もっと便利なものがあるからと最近ではほとんど見なくなった箒だが、それでもふたりまでの人数で小回りが一番利くのは箒だ。
「後ろに乗って」
「は、はい……!」
「レーシー、案内して」
【ウン】
こうして、金色の鱗粉を撒き散らしながら、アルマとコリンナはローブを靡かせ飛んでいった。
****
アッシュグレイの髪をハーフアップにした、釣り目の儚い少女。
それがイーヴァの印象である。
彼女がオズワルドの門を叩いたのは他でもない。死者と対話する術を探していたからである。
イーヴァとコリンナには幼馴染がいた。背の高いトールのことを、イーヴァはそれはそれは深く愛していたが。
女の子が川で溺れているのを助けに行き、彼が身代わりとなって帰らぬ人となった。
「わたし……まだトールに告白もしてなかったのに」
イーヴァは何度コリンナに抱き締められても、周りから慰められても、ぽっかりと空いた穴を埋める術を見つけられなかった。
もし彼女が一般人なら、その空いた穴を抱えて生きていくのだったが、話はそこで終わらなかった。
彼女の元に、オズワルドの召喚状が届いたのである。微弱ながらも魔法を使う素養があるから、学んで使い方を身につけろと。
イーヴァにとっては天にも昇る気持ちだった。
死んでしまったトールに、想いを伝えることができるかもしれない。
魔法にはそういうものもあるはずだと胸を膨らませていたのだが。彼女が入学する少し前に、禁術法の施行が決まってしまった。死者と対話する魔法……死霊術もまた、黒魔法認定され、その多くの資料も行使する魔法使いたちも行方をくらませてしまったのである。
イーヴァは萎んだ。みるみる落ち込んだ。
「他に、あなたにも向いている魔法がきっとあるわ!」
同じくオズワルドに召喚の決まったコリンナに必死で慰められたが、それでもイーヴァの胸中を占める寂しさを埋めることはできなかったのだが。
彼女は諦めきれずに、オズワルド入学と同時に、図書館に通うようになった。
同級生が呪われていたり、ときどき授業中にトラブルが生じたり、魔法動物が逃げて捕獲作戦が決行されたりしていたが、それらを一切彼女は目も暮れず、図書館で本を一冊一冊読破していった。
魔法の基礎教養の本をあらかた読み終えたあと、応用魔法の本を読みはじめた。
百聞は一見にしかず、知識を得るより実践したほうが早いとは言うものの、魔法を行使するための武器は知識だ。魔法使い家系の人間であったら知っている当たり前な知識すら持っていない以上は、一般人はもっと勉強しなければいけなかった。
そんな中。
「ここから先は、まだあなたは入る資格がありませんよ」
夢中で本を立ち読みしている中、ある区画に入ろうとすると、途端に図書館司書に呼び止められて注意された。
驚いて謝ったあと、その区画を見ると、その区画だけ本の様子がおかしかった。
いきなり羽が生えて飛び回ったり、足が生えて走り回ったり。一部の本に至ってはあからさまに変な煙を出しているが。不思議なことに区画の外には一切なにも漏れてこないし、本も出てこないのだ。
ここが禁書棚だと気付いたのは、図書館司書に注意されることもなく読みに行く人々が、教授や講師か、優等生しかいないからだった。
もしかしたら、ここでなら死霊術の本が見つかるかもしれない。
イーヴァが図書館司書の目を盗んで、禁書棚を散策しはじめたのはそれからだった。
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