呪いよけの部屋とカウンセリング

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呪いよけの部屋とカウンセリング

 アルマが出会った普通科の男子生徒の手を引いて連れてきた部屋には鉄のドアノブが付いていた。それにぼんやりと男子生徒が目に留めているのに気付き、アルマが「早く入って」と促した。  慌ててその部屋に入った途端に、カラン……と音がしてなにかがヒョロリとした体躯の彼の額に当たる。 「え……これって……」  男子生徒は驚いたように辺りを見回している。  ドアの近くには鉄製のドア飾り。部屋の壁という壁には、幾何学模様の施された飾りなり、一般人ではまず読み解くことが難しい古代文字で書かれたお札なりが貼られていて、隙間がない。カーテンも閉め切られていて、どことなく息苦しいという印象のある部屋である。  どこの教室にもあるような丸椅子や机は健在だが、この異質な部屋では、ありきたりなこれらのほうが浮いているように見える。  そして先程まであれだけ彼を追いかけてきていた女の子たちの足音が、この部屋に入ったのと同時に遠ざかってしまった。  まるでこの部屋ひとつが、廊下と繋がっていないかのように。  それでもアルマは平然とその場にある丸椅子をふたつ持ってきて、それを彼に勧めた。 「妖精は基本的に鉄に弱いから。ドアノブに部屋にかかっている鉄片は妖精よけなの。それにこの辺りにかかったり貼り付けられている物は全部、呪いよけのまじないが施されたお守りね。基本的にどこの町や村でも呪いよけの小屋のひとつやふたつはあるものだけれど、あなたの住まいにはなかったかしら?」 「ええっと……どうでしたかね……」  魔法使いが常駐しているような村や町ならいざ知らず、一般人しか住んでいない町ではなかなか呪いの被害に遭わないものだから、呪いよけの小屋がない場所もそこまで珍しくはない。 「なかったみたいね。自己紹介が遅れたわ。私はアルマ。アルマ・テルフォード。召喚科の生徒よ」 「テルフォード……どこかで聞いた覚えが」  それにアルマが淡々と答える。 「授業を受けていたら、教科書や専門書で名前くらい聞いたことがあるはずよ。妖精学の権威であるテルフォード教授は、私の父だから」 「あ、じゃあ……先輩も妖精の研究を……?」 「そうね。しているわ。で、あなたは? これだけ派手に呪われているのだから、魔法の対処法を持っている訳でもなさそうだけれど」 「あ、僕は……ルーサー。ルーサー・サックウェル……です。あの、自分が呪われているのは、これだけおかしいことが続いているんですから理解はしているんですけれど……これってなんなんでしょうか?」 「なんなんでしょうっていうのは? 呪われている理由を知りたいのかしら? それとも、呪いを解きたいの?」  アルマがじっと彼の目を見ると、ルーサーは心底困り果てたように、視線を彷徨わせている。 (意地悪がしたい訳じゃないのにね)  そうアルマは嘆息してから、なるべく優しく「ゆっくりでいいから考えてみてちょうだい」と促した。  言葉尻が柔らかくなったせいなのか、ルーサーはあからさまにほっとしたように、彼女の質問を口の中で転がしはじめた。 「ええっと……自分は気付いたら、人に声をかけられるようになったんです。なにをしていても褒められて、なにをしていても賞賛されるようになったんです」 「具体的になにかあったって思い出せる?」  アルマの問いに、ルーサーは黒い髪と一緒に首を振った。 「なにもなかったと思います……自分でも不自然だと思っていたんですけど、相談したくても町には魔法使いがいなくて、相談することもできませんでした」 「あなたが呪いだと思っているのは、さっきみたいに、女の子たちに追いかけ回される、みたいな感じでいいのかしら?」 「最初は女の子だけだったんですけど、その内男の子にも追い回されるようになりました……それでもまあ、僕が逃げればそれで治まったんですけど。僕を巡って殺傷沙汰が起こって……このまんまじゃ駄目だと思っていたとき、オズワルドからの召喚が来ました。どのみち町にいたら自分のせいで誰かが死ぬかもしれないと思ったら怖くなって、呪いを解けたらいいなと思って、召喚に応じました。ただ……入学してから今まで、なんとか自分で呪いを調べようとしたり、解くために先生たちに話を聞きに行こうとしましたが……全部邪魔されました」 「あら、全部? さっきの女の子たちに?」 「ええっと……そのときによって様々です。図書館で解呪の本を読もうとしたら、タイミング悪く宿題をしに来た普通科の子たちに声を上げられ、それで司書さんに怒られて追い出されました。そこからはもう、追いかけっこでした……当然ながら、本を読むことなんてできませんでした……」  その言葉に、少しアルマは頬に手を当てた。ルーサーはちらちらとアルマを見つつ、言葉を選ぶようにしながら口にする。 「先生たちに聞こうとしたときも、僕を探してお菓子をあげようとしていた子たちに見つかったんです。お菓子を受け取ったら帰ってくれるかなと思ったんですけど、そのまま一緒にお茶をしようと連れ去られてしまい、先生たちに相談することができませんでした。あのう……自分の呪いって、魔法使いでも認識できないもんなんでしょうか……? これだけ不自然な目に遭っているのに、誰も気付かないんです」 「……たしかに、これはずいぶんと難しい呪いに見えるわ」  アルマは椅子に座りながら、脚を組む。スカートの丈は膝下ではあるが、スカートから覗く脚はストッキングに包まれていて形がいい。それを気まずく思ったのか、ルーサーは彼女の脚から下に視線を向けないよう、アルマの鼻を注視しはじめた。  そんな彼の様子にアルマはクスリと笑ってから、口を開いた。 「まずこれは、あなたが人に好かれて困るという呪い……に見えるわね」 「見えるというか……そうではないんでしょうか……?」 「状況証拠だとそう見えるけど、そう見せかけたいんじゃないかしら。それにこれ、人的なものではないわね。あまりにも不自然だから」  それにルーサーは困惑したように目を瞬かせた。  普通科の一年だったら、まだ授業内容も基礎教養レベルであり、魔法使いの家系であったら寝物語で語られるものからの教育に入る。解呪に関する授業は二年以降なのだから、わからなくても当然だろう。  アルマはそう判断しながら、自身の見解を口にした。 「不自然って言いますと……誰も呪いにかかっていることに気付かないからですか?」 「いいえ。呪いって、基本的に無差別だから。あなたひとりにかけるつもりだとしても、あなたの近くにいる誰かも巻き添えになるはずなのに、そうなってはいないわね。たとえば普通に考えたら、あなたが図書館で本を読んでいるところで邪魔する生徒が現れたら、まずはあなたは本を読む気があるんだから、あなた以外の生徒たちを追い出しにかかると思うわ。でもあなたが追い出された」 「……はあ」  まだルーサーにはピンと来ていないらしい。アルマは更に言葉を重ねた。 「もしあなたに解呪の効かない呪いを人的にかけるとしたら、まず私だったらあなたが触るもの全てが燃えるように試みるわ」 「で、できるんですか……?」 「やろうと思えばできるってだけで、やったことはないわね。あなただけに集中して呪いをかけることなんて無理って話よ。その呪いは正確過ぎるの。でも、誰もあなたに呪いにかかっていることに気付かないし、認識できない」 「せ、先生たちも……僕の呪いの影響下にあるんでしょうか?」 「話を聞いている限り、先生も図書館の司書さんもあなたにかかっている呪いは効いてないわね。魔法使いたちはある程度知識があるから、呪いよけができるのよ。気付けないのは、あなたの口から助けを求められないから。基本的にどの魔法使いも、助けを求められたらそれなりに対処はできるんだけれど、相手が望んでいないことはしないの。だって、呪いを研究している人にとっては、自分や他人に呪いをかけることで威力を確認するから、解呪されたら困るでしょう? 魔法使いは助けを求められない限り、呪いには手出ししないわ」 「だとしたら……僕にかかっている、呪いっていったい……?」  人がかけた呪いではない。しかし、魔法使いたちに助けを求めようとすれば邪魔をされる。そんな不自然な呪い、なにも知らなかったら理解すら及ばないが。  それはアルマの研究対象そのものなのだから、彼女ならわかる。 「妖精のしわざね」 「えっ……!」  ルーサーは心底困ったような顔で、アルマを見た。アルマはしっかりと彼と目を合わせる。 「……妖精に呪われる理由なんて、心当たりがないです」 「そうね。妖精って、基本的に気まぐれだし、人間の理では動かないから。でも、正確にあなただけを呪って、魔法使いに助けを求めることを邪魔しているようね。こんな犬も当たれば魔法使いに当たるような場所で、よく今まで気付かれなかったか不思議なくらいよ。そんな呪う対象を正確に絞るなんてこと、魔力がいくらあっても絞りきれないのに、それをいともたやすくかけられるのなんて、妖精のしわざだわ。実際に」  アルマは小瓶を振った。それにルーサーは驚いたように中身を見る。  レーシーは不愉快げに羽をパサリと揺らした。 【コノヘヤ キライ レーシー デラレナイ】 「そうね、あなたは出られないものね。あなたを小瓶から出したら、鉄にぶつかって死んでしまうわね」 【キライ】  ルーサーは困惑したまま、アルマを眺めていた。 「ごめんなさいね、妖精言語は普通科では習わなかったわね。この子は私の使い魔のレーシー。探索妖精よ。あなたがおかしいって知らせてくれたの。妖精は妖精の気配に気付けるから」 「で、でも……僕、どうして妖精に呪われて……?」 「そうね。じゃあ質問を変えてみましょうか」  アルマはもう一度、じっとルーサーを見た。 「あなたの周りに、妖精に呪われていそうな人っている?」 「えっ……」 「急いで思い出す必要はないわ。ゆっくりでいいから。でもあなた、妖精の知識はどこまでかしら? 普通科だったら基礎教養で寝物語レベルまでは教えられるはずなんだけれど」 「ええっと……一角獣の角は、魔法薬のさまざまな材料に使えるとか……妖精は牛乳が好きとか……」  ルーサーはどうにか授業の内容を思い出そうとしてか、宙に視線を彷徨わせている。それを急かすことも馬鹿にすることもなく、アルマは彼の様子を眺めていた。  やがて、思い出したかのようにルーサーは口を重々しく開いた。 「……妖精は気に入った子供を連れて帰って、妖精の子供と取り替えてしまうとか」 「取り替え子ね。魔法使いには有名な話だわ。あなたの周りに、そんな噂のある人っている?」 「……本当かどうかはわかりません」 「それは、私も調査してから考えてみるわ。心当たりがあるんだったら言って」  アルマがそう言うと、ルーサーは言いにくそうに口を歪めてから答えた。 「……僕の幼馴染が、ひと晩行方不明になっていたことがあるんです」
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