61人が本棚に入れています
本棚に追加
次の課外授業
冬休み明けになると、真冬の間気怠かったオズワルドにも、次々と学生たちが帰ってきて一気に賑やかになる。
アイヴィーは何度も何度もアルマに擦り寄っては、冬の間の話を聞きたがった。
「ねえ、どうだったの? 冬休み! ルーサーをお持ち帰りしたけど!」
「お持ち帰りって、その言い方よくないわ。アイヴィー。本当になにもないのよ。せいぜいうちの邸宅の管理人のマーヤが喜んでくれただけで」
「ええ……本当になんにもなかったの?」
「なんにも。せいぜいルーサーが率先してマーヤを気遣って雪かきやつらら落としをしてくれたから、毎年業者を呼んで作業してもらっている手間がなかったくらい」
「彼氏連れ帰って家事させちゃ駄目でしょ!?」
アイヴィーに悲鳴を上げられ、アルマはキョトンとしていた。
「……ルーサーは率先してやってくれていたし、マーヤが喜んでいつもより張り切ってお菓子つくり過ぎちゃったから、『これ以上は体に悪い』ってふたりがかりで宥めて止めてたんだけど」
「ああ、ああ! もう! 本当にアルマもルーサーも色気がないんだから! もうちょっとこう! 恋人的なロマンスがあるでしょう!?」
「……そんなこと言われても」
アルマはポッと頬を赤く染めた。日頃から妖精学者の親子として有名なテルフォードのひとり娘も、こうしていると年相応の少女である。
「恋人ですらないもの……私たち」
「……本気でそれ言ってるの?」
「好きで一緒にいるけど、特に本当になにもないし……幼馴染よ?」
「あーあーあーあー……! 助けてジョエル! 私だと手に負えない!」
アイヴィーが椅子でガタガタ震えているのを、妖精犬のクーシーは怪訝な顔で見たあと「ワウ」と鳴いた。
女子寮の一室は、こうして冬休みの情報交換で過ぎ去っていく。
****
新年を迎えたあと、まだ中庭には雪が残っている中、オズワルドの学生たちは皆鉄道に乗せられて揺られていた。
ローブの下にはマフラーやミトンで完全防備にしていなかったらやってられないような寒さだ。窓は閉め切っていても、窓の向こうは真っ白に曇っていて、なにも見えない。
「ミラーランドって名前、あんまり知らないけど……」
今回の課外授業の内容を知って、事前に図書館で地図の確認をしていたルーサーは、一般的には全く知られてない場所の名前を聞いて、どうして真冬にそんな場所まで課外授業をするのかと、少しだけ困惑していた。
その中、向かいに座っていたアルマは寒くないようにとジンジャーブレッドを持ってきて、それを皆で配って囓っていた。ルーサーにもそれをあげて、自分も一枚ガリガリと囓る。
「たしかに魔法使い以外には馴染みのない土地ね。ただあそこは魔法使い的には、重要な場所なの。なによりも土地柄が特殊過ぎて、あまり書物にも残せないから、現地に足を運んで自力で記録を取るしかないの」
「そんなに重要なものがそこに……?」
「あそこ、魔法使いの親が子に語るおとぎ話が生まれた場所だから」
それにルーサーは驚いて目を見張る。
「それって……おとぎ話を持って確認……じゃ駄目なの?」
「一応おとぎ話として、魔法使いの親が子に注意勧告することはできるけれど、それだけなの。おとぎ話なのに、中身がないの。お姫様はほとんど登場しないし、たいがい誰かが死ぬし、溺れるし」
「それは……」
国柄のせいか、残酷な物語はおとぎ話としてしょっちゅう語り聞かされるが、どうしてそんな残酷な物語になったかは、大概おとぎ話の中で語られる。
しかし中身がないというのは、たしかに異様なことのように思えた。
「つまりは、現地に行って中身を埋める作業ってことでいいのかな?」
「合ってるわね」
そうふたりが言い合いながら、ジンジャーブレッドを囓っていると、アイヴィーがジョシュアと並んで半眼でふたりを眺めていた。
「色気がなーい。これ夏場でもそんな会話してたー」
そうアイヴィーの野次が飛ぶ。それにジョエルが「ハハハハハ」と笑う。
「アイヴィー、人の惚れた腫れたを娯楽にするのはよくないよ」
「あら、いいじゃない。面白いんだもの」
「君、本当にそういうところ、明け透けだよね」
アイヴィーは「もう! ジョシュアもつまんない!」と吠えるが、彼は動じない。
「惚れた腫れたって、そんな融通利くものじゃないだろ」
「そーう?」
「君はどうなんだい? そういう話ないの?」
「んー?」
しばらくアイヴィーは困ったようにジンジャーブレッドに齧り付きつつ、首を捻った。
「ないわね、全然」
「そうかい」
そこで話が途切れたのを、ルーサーは困惑して見ていた。そしてアルマに尋ねる。
「あのう、あのふたり、結局どういう関係なの?」
「悪友だわ。見てわからない?」
「そう、なんだ……?」
片や解呪士の家系の落ちこぼれ、片や錬金術師のエリート。
仲良くしゃべっているふたりの関係が、ルーサーにはいまいち飲み込めなかった。ルーサーはアルマほどにも鈍感ではない。
そうこうしている内に、目的の駅に到着した。
前に出かけたニコヌクレイクも牧歌的な場所であり、観光を常に意識した村だったが。このミラーランドもまた、観光を意識した街作りをしているようだった。
「なんだかずいぶんとこう、昔ながらの建物だらけだね」
昔ながらの藁レンガの家並みを見ながら、ルーサーは不思議そうな顔をする。それにアルマは言う。
「ここは基本的に魔法使いと学者がなにかの拍子に通うからね。特に大学生と魔法使いは論文を書くためにはしばらくの間滞在しないと無理だから」
「でもおとぎ話の収拾が今回の課題だけど……抽象的過ぎてどうしたらいいのかな」
魔女学科の面子は、さっさと目的の場所へと散らばってしまったし、他の知人たちは課題より先に宿へと移動してしまった。
最後尾で降りたアルマたちは、まだ駅から移動すらしていない。
「まずは子供に話を聞く。そのためにも、ミラーランドで子供の多い場所を探しましょう」
「子供、ねえ……」
いくら普段は観光地になっているミラーランドも、今は真冬であり、雪のせいで辺り一面真っ白だ。当然ながら観光には向いてなく、この辺りで歩き回っているのは地元民以外だとオズワルドの学生しかいない。
「こんな時期に子供って……」
「学校があるじゃない。小学校を探しましょう」
「あ、ああ……!」
さすがにオズワルドの学生が小学校に乗り込んでいったら地元からクレームが来るため、下校時刻がわかりやすいよう、小学校の近場のパブから様子を見ることとなったのだ。
パブでジンジャーエールを飲み、薄いパンを食べる。観光地になっている関係か、味は地元民が食べるジャンクフードというよりも、観光客用の洗練された味がした。
「あ、あのう……」
まだ下校時刻まで時間があるだろうと踏んでいたところで、声をかけられ、アルマたちは振り返った。魔法使いが羽織るローブではなく、一般人が着るようなコートを着ている男たちだった。
「なにか?」
「あのう、オズワルドから来た魔法使いですよね?」
「そうですけど」
途端に彼らに懇願されてしまった。
「助けてください! 呪われたんです!」
それにルーサーは驚いて目を丸くし、周りを見回した。
なぜかアイヴィーもジョシュアも冷めきった顔をしているのが気になるが、アルマだけは溜息交じりに男たちに対応した。
「頼まれたら断りづらいわね。それで、誰がなにに呪われたんでしょうか?」
それに男たちは心底ほっとした顔をしているのをルーサーは見ていた。
なぜか生粋の魔法使いが冷めきった顔をし、アルマが困りながらも頼みを引き受けているという構図が気になるが。今は男たちの話を聞くほうが先だ。
最初のコメントを投稿しよう!