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学生たちの事件
「自分たち、まだ冬休みなんで、こうしてミラーランドに遊びに来てたんですけど」
「皆さんは学生仲間でしょうか?」
「はい。ここよりもう少し南部にあります、サマーセットから来ました。それでちょっと呪われて、宿に泊まるのを辞めて、呪い除けの小屋に滞在してます」
それにルーサーは思わず皆の顔を見回した。
これは思っている以上に呪われているようだ。そして、元々妖精や民話の多いミラーランドでは呪い除けの小屋は古いものとして片付けられることなく、今も現役で活躍し続けているからこそ、この学生たちは助かった訳で。
そしてこの中で唯一の解呪の知識が深いアイヴィーは、目を細めて彼らを見た。
「見たところ、あまり呪われているようには見えませんけど……」
「俺たちは逃げたんで、かろうじてですけど。仲間の内のひとりが、大やけど追ってまして……お願いですから診てもらえませんか?」
ルーサーは困った顔でアルマを見る。
アルマは一瞬、眉間も鼻の上もひどくくしゃくしゃな皺をつくったものの、それは本当に一瞬だった。すぐにいつもの森の賢者のような容貌に戻ると、「わかりました」と答えて立ち上がった。
「それじゃあ、見に行きましょうか。ルーサーも付いてきてちょうだい。アイヴィーとジョシュアはどうする?」
「私今回はあんまり乗り気じゃないからパス」
「俺もかな」
「そう……なら私たちで行きましょう」
こうしてアルマとルーサーは学生グループについて、呪い除けの小屋に向かうこととなったのだ。ルーサーは困惑して、冷めきった顔をしているアイヴィーとジョシュアのほうに振り返った。
「ふたりは置いてきてよかったの? いつも仲いいのに珍しく拗ねてるみたいだったけど」
できる限り学生グループに聞こえないように、ルーサーは小さな声でアルマに尋ねた。
アルマはいつもの怜悧な表情で、ルーサーに合わせて声を窄める。
「拗ねてるんじゃないわ、ふたりとも呆れ返っているのよ。今回声をかけられたのは私だから引き受けたけど、声をかけられたのがアイヴィーかジョシュアだったら私だって同じことをしていたし、ルーサーにもこの件には関わらせなかったわ」
「……僕、まだなんにもわかってないのに、皆もう真相がわかってるの?」
「ミラーランドで一番有名な伝承ですから」
それにルーサーは首を傾げた。ルーサーも課外授業の前に、小さい頃から読んでいる民話はできる限り読み返していたが、どれがミラーランド産の民話なのかまでは考えていなかった。それに気付いて魔法使いたちは皆呆れ返っているということは、民話で書かれていた禁忌を学生たちは侵したという次第だろうか。
(でも……魔法使いたちは一般人を守るのが普通だよね……前に課外授業に来たとき、食堂の姉妹を助けていた訳だし。そんな彼らが呆れてパスするくらいのものだったら……普通だったらまず破らないもの……?)
ルーサーがそうこうしている間に、呪い除けの小屋に着いた。
アルマはそこの扉に手をかけると、カリャンカリャンと音が響いた。オズワルドの中にもある呪い除けの部屋と同じく、小屋一帯に鉄の板をはじめとした妖精避けから、いろんな国のアミュレット、お守りが壁いっぱいにかけられている。
ルーサーがそれを見ていたら、「いらっしゃい」と声をかけられた。どうも呪い除けの小屋滞在の魔法使いらしい。
「こんにちは。ここで呪われた学生さんにお話を聞きに来たんですけど……」
「ああ、この馬鹿者のかい? もう手当てと治療は終わっているし、若いからまあ七日くらいで治るとは思っているけどね」
魔法使いはフンッと鼻を鳴らした。呪い除けの小屋滞在の魔法使いにまで呆れられるとは、いったいなにをしたんだとルーサーは怪訝な顔になったものの、ベッドに横たわっている学生の顔を見て、思わず黙り込んでしまった。
顔は包帯でぐるぐる巻きになっている上に、包帯の隙間から見える皮膚は、どう見ても赤く爛れている。大火傷を負ったみたいなのだ。塗りたくられているのは魔法薬だろう。魔女学で習うような民間療法レベルのものではなく、治療促進の魔法薬まで混ぜ込んでいるのだから、最初は相当ひどかったのだろうと物語っている。
(そんな火傷を負っているのに、魔法使いたちが全員素っ気ないのはなんでなんだ……?)
ルーサーが困惑しているのを横目に、アルマは学生の隣の椅子を引っ張り出すと腰掛けた。
「ご機嫌よう。お友達から依頼を受けて様子を伺いに来ました。オズワルドの魔法使いです。しゃべれますか?」
「ん……あんた、魔法使いなんだな……助かった。ひどいんだよ。妖精にいきなり燃やされて」
「えっ」
ルーサーは思わず声を上げてしまい、思わず両手で口を覆った。
かつて妖精に人生の持ち物を根こそぎ奪われたことのあるアルマは、妖精に対しては放っておくとすぐに殺意を向けるのだが。今回は珍しく静かに「そう」と返事をした。
「妖精に燃やされたときの様子をお聞かせください」
「ええっと……旅行中に雪で列車が停まって、急遽ミラーランドに滞在することになったんだ。その日の夜は宿が空いてなくって……パブで飲んだくれて、その帰りに女の子がいたから声をかけたんだ。一緒に飲もうと」
話を聞いていて、ルーサーは内心「うん?」となっていた。ぼんやりとだが、どうしてアイヴィーもジョシュアも今回の件には一切関与しないと宣言したのかが理解できたような気がした。
ルーサーの内心はともかく、ベッドで寝込んでいる彼は訴える。
「そうしたら……急に俺を燃やしはじめたんだ! あれは人間なんかじゃない! 妖精かなんかだ! 頼むから、あいつらを殺してくれよ!?」
「……わかりました。夜ですね。見てきます。あとひとつだけ」
アルマは心底冷えた声を上げて、学生たちを見回した。
「民話は馬鹿にせず、きちんと読むことをお勧めします。民話は今も昔も、妖精対策に必要なことしか書かれていませんから」
そう言って、アルマが歩いて行ったのに、ルーサーは慌ててついていった。
****
冬の夜は星明かりこそきらめいて綺麗なものだが、肺が凍り付きそうなほどに冷え込んでいる。アルマもルーサーもローブの下にマフラーとセーターを着込み、宿が用意してくれた瓶にお湯をたくさん入れたカイロに布を巻き付けて懐に入れていた。
宿で再会したアイヴィーとジョシュアは、薄情にも「気を付けて」とだけ言って、それ以上助けてくれるつもりはなかった。
その中、ルーサーは「寒い寒い」と鼻を真っ赤にしながらアルマに尋ねた。
「あの人たちの話……どこまで嘘だったんだろう?」
「あら、ルーサー。気が付いたのね」
アルマはルーサーが物事を鋭く捉えると途端に上機嫌になる。なにがそこまで喜ぶのかわからないものの、ルーサーは「うん」と頷いた。
「だってここ、冬の間は閑散としていて、観光シーズンから外れてるって言われてたよね? だとしたら宿が満室って話はないと思うんだけど……」
「ええ、すごいわルーサー! よく覚えてる!」
「……そこまで褒められることでもないけれど……でもあの人たちがなんでそんなくだらない嘘をついたかまではわからなかったんだ……」
「あら、簡単だわ。彼らの依頼は『妖精を殺してくれ』だった。でも彼らは本当の話を聞いたら、説教されるのが目に見えてるから、嘘をついたのよ。言ったでしょう、彼らは妖精に呪われたって」
「うん……言ってたね、火傷が妖精に呪われた証なのかな」
そうこうしている間に、湖の畔が見えてきた。
湖は冬の間は凍てついて凍り、分厚い氷の層に覆われている。それを眺めながら、アルマはひと言言った。
「違うわ、怒らせたから燃やされたのよ」
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