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十年前
あれは夏祭りの日だった。母の友人家族が住む町でお祭りがあるというので、母と兄と私の三人で電車に乗って遊びに行ったのだ。
せっかくのお祭りなのに、母は会場に設置されたベンチに座り、久々に会った友人と話してばかりいた。母の友人は、兄と同い年の息子を連れてきており、二人は私をそっちのけでふざけ合っていた。
私はそのとき四歳で、歳の二つ離れた兄の遊びについていけなかった。二人もいれば、尚更だ。だから、私はその輪に入ることを諦めた。兄にまとわりついても、疎ましがられることの方が多く、悲しい気持ちになることが多かったのだ。
夏祭りの会場は、訪れたことのない神社だった。神社にはいくつか行ったことがあったけれど、この神社の狛犬の顔は、これまで見た中で一番迫力があった。少し怖くて、夢に出てきそうだった。
お祭りの屋台にはスーパーボールすくいとか、ヨーヨー釣り、金魚すくいまであってすごく楽しそうだったけれど、どれもお金が必要だった。さっきフライドポテトを買ってもらって食べてしまったしだめかも、もしあとでさせてもらえそうなら頼もうかな、と考えていた。
母たちのおしゃべりが終わるまで、かくれんぼで隠れる場所を探してみようと思い付いた。私は建物の裏や木の後ろ、大きな岩の陰なんかをあちこち探検した。鳥居の太い柱、電柱の影、向こうに見える草むら。
そして、夢中になっていた私は、ふと気づくと、神社の外の知らない道にいたのだ。
「お、お母さん」
掠れた声が出た。夏祭りの音楽は聞こえてくるのに、周りを見てもそれらしき神社が見えなかった。
一気に、不安と恐怖が押し寄せてきた。
神社だと思う方向に走った。それなのに住宅街に入ってしまい、さらに迷った。どうしたらいいかわからず、泣きながら、走って、立ち止まって、周りを見てさらに泣く。夏祭りの音楽がどんどん遠ざかっている。
どれだけの間、彷徨っていたのかわからない。子供心には、永遠とも思える時間だった。
偶然人通りの多い道に出たら、夏祭りへ向かう人たちがたくさん歩いていた。その流れについて行くと、神社へ戻ることができた。
母は私を見つけて言った。
「どこ行ってたの!お兄ちゃんと一緒にいなきゃだめでしょう」
叱られて、迷子になっていたときの怖くて心細かった私の気持ちは、行き場を失った。
そして兄は、私を恨めしげに見て吐き捨てた。
「つぐみのせいで、俺が怒られたんだけど。勝手なことするなよ」
私は、兄のことが嫌いだ。
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