驚きの復活

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驚きの復活

「監督、今シーズンのファストは若井コウジで行くんですよね?」 「そうだな古本も今季限りだし、左ピッチャーの時は別として、その線で春のキャンプは進めて行こうか。これからは若返りを考えなくてはな。」  いよいよ今季で終わりか、このキャンプを正念場とするか、綾野コーチのあの日のアドバイスの後、俺はバッティングセンターの店長に無理を言って、誰も居ない営業時間外にどこまでボールを呼び込めるかの実験を重ねた。そしてそのフームも試行錯誤の上どうにか出来上がりつつあった。 その成果がどのようになるか、こんなにキャンプが待ち遠しく思ったのは新人の頃以来だ。  コーチと言えども本来、個人の選手に付きっ切りの指導は許されていない。だから、綾野コーチは「食事をした際にアドバイスだけはした」とだけ監督には報告はしていたようだ。 「古本、綾部コーチから報告は受けてるが、どんなアドバイスだったんだ?じっくり見せてもらおうじゃないか。」 監督がゲージの後ろで、興味津々まるで競り市で品定めするように俺を見ている。 「なんだ、その覇気のないスイングは、どんなアドバイスを貰ったんだよ」 練習用のこんな遅い球でもバットの芯でとらえられない。また本番練習では初打席だけに緊張する。 (俺だけが選手じゃねえだろ、アドバイスも出来ないなら何処か他へ移動してくれよ。)ピッチャーの球を待ちながら、俺は野球の神様にお願いごとをした。  願いが叶ったのか5打席程度の打撃練習を見て、興味なさそうにして監督は隣のゲージに移動した。その日は初日だっただけに確かに語れるものは無かった。  それから数日後のことである。その日は監督が早く球場を後にした。この日も俺は、居残り練習に参加していた。 今日のバッティング練習のピッチャーは左投げだ。俺は二打席ほどスイングしたが、左中間のヒット性が続いた。 その時だった、ゲージの後ろから坂田ピッチングコーチの声がした。 「古本、お前左打席で打ったことはあるか?中学校や高校の時、よく遊び半分でやった事有るだろ?」 「ハイ、よく当時の監督さんに叱られました」 「俺は、ピッチャーの事しか知らんが、今、マウンドに居るピッチャーは左打者に強いんだ。球の出所が分かりにくいって言うアレサ! ピッチャーの為にも何打席か左で打ってくれや、何かあれば俺が責任取るからさ。」  俺は言われるまま、そのゲージのまま左打席に入った。 一球目は見送った。確かに球の出所が見にくいが、コンパクトにスイングすれば球の出所よりも俺にはリリースポイントの方にタイミングを合わせた。 2球目が投じられた。 「来た!少し外か・・」 俺はバットを少し遅らせて、左中間方向に押し込んだ。 打球はぐんぐん伸びた。そして前列であったがスタンドインしたのだ。 (これか、構えたところからスイング始動すればインパクトの瞬間に手首が返り、球を押し込んだことになる。つまり力を入れなくてもボールは飛んでくれるんだ。) 続く球も、左中間へヒット性の当たりだ。 その次のインコースの球は、思わず振り抜いたら、ライトスタンド中段にまで飛んでいった。すると坂田コーチから声が出た。 「古本、お前って凄いやっちゃな、どこの球団の左打者も嫌がる俺とこの左のエースから三打数三安打するなんて。」
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