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そんな白崎の言葉も、耳に入らない。
あまりにも美しい絵だった。
幻のような色彩の鳥が、羽ばたいている。「幸福」というものをそのまま絵に落としこんだような絵だ。
光が鳥に変わったような。羽毛に希望がうつろっている。
何故。
全身に鳥肌が立つのがわかった。
何故これほど美しい色合いが出せるのだろう。
千古の昔から飛び立つのを待っていた幻想世界の鳥が、時が満ちたのを知って、今羽ばたく。人々に光をもたらすために。
「……しろ、さき、さんは、いつもこういった絵を、描かれるんですか?」
「いや、そういうわけでもないんだけどね。今回はこういったものを描くことになったんだ。僕は少し変わった画家で、好きなものを描いて買ってもらうんじゃなくて、注文を受けて描くんだよ」
自分で尋ねておきながら、上の空だった。
我に返るのが難しいほど、その絵は美しく、千佳の魂に衝撃を与えた。
「それじゃあね、西山さん。色よい返事を待ってるよ」
玄関まで白崎が見送りに来てくれる。そんな彼を、千佳はぼんやりと見つめ返した。さっきの衝撃があまりに強かったのだ。
白崎はそんな千佳を黙って見つめていたのだが、ふと控えめな笑みを浮かべる。
「あのねえ、西山さん。さっき小早川君が言ったことだけどさ。あれは正しいと僕も思うよ。まともで、他人から誉められる人生っていうのは、立派なものだからね。でも、まともであるよりもっと重要なことってあるんじゃないかな? 人生はさ、楽しくあるべきなんだよ。それが一番、大切だよ」
内緒話でもするように、白崎は声を低めた。
「僕も彼も、まともな人生を歩んでいるとは言い難いからね。小早川君はだからこそ、君に忠告したんだろうけど」
「白崎さんは、人生が楽しいですか」
「楽しいよ」
嘘偽りのない言葉らしかった。
「西山さん、僕、待ってるからね。君が来てくれたら、僕はすごく幸せなんだ」
変わり者の画家は、初対面の時と同じように、腹蔵のない明るい笑みを浮かべるのだった。
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