1、最悪な浮気と真夜中の出会い

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1、最悪な浮気と真夜中の出会い

 ――最悪だ。  二十七年の人生のうちで、間違いなく今日が最低最悪の夜だと言えた。  ひと気のない住宅街の夜道を、千佳は一人、ずんずん足早に歩いて行く。荷物は肩掛け鞄と、脇に抱えた大きな油彩画。  周りに誰かがいたら、その人の目にはさぞかし千佳が奇妙な人物に映ったことだろう。午前零時過ぎに絵を抱え、憤怒の形相で早歩きをしているのだから。  ――悪いことは重なるものだ、とはよく言うけれど。  それにしたって重なりすぎじゃないだろうか。  よく落とし物をするし、人前でつまずいて転んだことがここ最近で何度もあって恥をかいた。職場の人間関係に悩み、仕事は退職したばかり。急なことで、次の仕事も決まっていない。離れて暮らす両親とは、ささいなことでちょくちょく喧嘩をして。心のより所であるはずの彼氏は、同棲しているのだけれどちっとも働こうとしない。  よく考えてみればそれらは些細なことばかりだし、以前から継続していることもあったので、いささか強引にまとめたようでもあるが、この際だから全部一緒に勘定してしまおう。  何かある度、いちいち心の中で「さいあく」と呟いていたものの、小さなトラブルは今考えてみればちっとも「さいあく」ではなかった。  今日、彼氏の浮気相手と自分の部屋でご対面したことに比べれば。  同棲中である彼氏の卓也は、この日実家に泊まるという千佳の言葉を聞いて、これはチャンス、と女を部屋に呼んだらしかった。  退職の話などで揉めて言い争いになってしまったので、千佳は実家に泊まるどころではなくなってしまったのだった。憔悴し、卓也に慰めてもらおうと帰ってみれば、そこにいたのは見知らぬ半裸の女。  ドラマなんかでは見た光景だが、まさか自分が遭遇するとは夢にも思わなかった。  本気で卒倒しそうになったのは初めてだ。 「……卓ちゃん、どういうことなの」  千佳は卓也と二人、テーブルを挟んで向かい合って座る。  浮気相手の女には、とりあえずお引き取りいただいた。  千佳は気の強いタイプではなく、「この泥棒猫!」などと金切り声をあげて飛びかかったりはできなかった。情けないことに、見知らぬ女に怯えていた。  相手の方は性格のキツそうな顔立ちで、淡々と身支度をすると、自分はまるで無関係の人間だとでも言わんばかりの態度で出て行ってしまった。声をかけるどころか、千佳には一瞥すら投げずに去っていった。  卓也は頭をぼりぼり掻いて、ため息をつく。 「あー、悪かった。俺が悪い。それでいいだろ」  いつもであれば、彼が機嫌を悪くした時はこれ以上場の空気が悪くなるのを恐れて、なるべく話題を変えるように千佳は心がけていた。  しかし、今回ばかりはそうもいかない。 「わ、私の部屋なんだよ、ここ。私が借りてる部屋なの。それなのに、女の人連れこんで。あの人だって私のこと、馬鹿にしたような目で見てさ。酷すぎるんじゃない? 卓ちゃん、あんまりだよ」  そっぽを向いていた卓也は、千佳に一瞥を投げて面倒くさそうに息を吐き出した。 「お前さ、俺にこれ以上何を言わせたいわけ? 俺、謝ったよな。やっちゃったことはやっちゃったんだし、取り消せないだろ。俺は罪を認めてるし、弁解してない。何が不満なんだよ。お前って、器の小せぇ女だよな。俺が買い物行ってきた時だってそうだよ。レシート見せろとかお釣り返せとか、いちいちうるさいんだよ。だから俺もストレス溜まって、こういうことしちゃうんだろ」  え? 謝ってる?  これって、謝ってるってことになるのかな? だとしたら、どうして私が責められてるの? お前のせいで浮気したって、卓ちゃんはそう言ってるの?  頭が混乱して、胸がざわつく。何かが、千佳の中でぐらぐら揺れていた。  ――私は、幸せになりたかった、だけで。
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