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門をくぐって玄関までたどり着くと、ドアが開いて誰かが姿を現した。
スーツ姿の、背がさほど高くない、若い男性だ。千佳の身長は一六二ほどで、彼はそれより数センチ上かといったところ。歳も同年代だろう。
しかし、これまた美形で度肝を抜かれた。白崎とは違って繊細なつくりで、神経質そうな印象だ。色白で、薄い唇に冷たい双眸。フレームレスの眼鏡が一層彼をキツそうな性格に見せ、近寄りがたく感じさせる。
こういう、冷たそうな男の人は苦手だ。
「西山さんですね」
冷ややかな調子だが、顔だけでなく声も良い。
「白崎のマネージャーの、小早川です。こちらへどうぞ」
頭を下げて、廊下の奥へと手で示す小早川。
千佳が気になるのは、値踏みするように頭のてっぺんからつま先までそそがれた視線だ。態度は慇懃だが、感じが悪い。
実家の一軒家とは規模の違う、広くて長い廊下を小早川の後をついて進んでいく。スリッパのパタパタという音だけが響く。
とある部屋の前まで来ると、小早川はちらりとこちらに視線を寄越した。
「白崎は食事中ですが、構いませんか」
「ええ、私は全然……こちらこそお食事時にすみません……」
小早川がドアの向こうへと声をかける。
「白崎先生。西山さんがいらっしゃいました」
「ああ、そう。お通しして」
あの人の声だ。どきりと、胸が高鳴った。
ドアを開けると、応接室のような部屋だった。ソファーにテーブル。奥のデスクにはパソコンが置かれている。
「やあ、西山さん! 来てくれると思った! 嬉しいです!」
ソファーに腰掛けていた白崎が、こちらへ輝くような笑みを向けた。なんて嬉しそうに笑うのだろう。彼の名前の「純」という字を思い出す、純粋な笑みには目眩すら覚える。
夜空の下、街灯に照らされた顔ですら端正だと思ったが、明るいところで見ると何倍も美形である。
だが、見とれる前にどうしても気になるものがあってそちらに視線が奪われてしまった。
「あ、これ?」白崎が手元に目を落とす。「ごめんなさい。僕、今朝起きるのが遅くて朝食がまだだったんだ。食事中で申し訳ない。この部屋で小早川君と話をしていたところで……。もうすぐ食べ終わるから」
それはいいのだが、ちょっと変わった光景だった。
実に繊細な植物の装飾が施された高級そうな磁器の皿に盛りつけられているのが、おでんなのだ。味が染みてそうな大根に、ちくわぶ。
デザートプレートとかパンプレートとか呼ばれる皿だ。まあ皿は皿なので食べ物なら何をのせるのも自由なのかもしれないが。白崎はおでんをフォークとナイフで切り分けて食べている。
上品に切り分けられる大根をじっと見つめていた千佳の思考は、寸の間、停止していた。ブランド食器の上でナイフによって切られる大根。シュールすぎる。
小早川の「おかけください」の言葉で我に返る。
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