3、人生で大切なこと

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「西山さん。正直言って僕は、先生から話を聞いた時、あなたは訪ねてくるはずがないと思っていたんですよ」  その理由を小早川は述べる。  深夜に、初対面の男から住み込みで働かないかと誘われて、ほいほいやって来る女性などいるわけがない。だからあなたが来た(それも日付でいったら一日も経過していないのに)と知って、心底驚いた。  すると白崎が身を乗り出す。 「僕は来てくれて嬉しいし、このうちで働いてくれたら、尚のこと嬉しいよ!」 「白崎先生のためにこの方は生きているんじゃないんですよ。西山さんには西山さんの人生があるんです」  それで、と小早川は軽いため息をついて話を続ける。 「まあ、うちに住み込みで働くことになったとしますよ、西山さん。仕事は合わなければ辞めればいい。ただ、あなたが今住んでいるところを引き払ってこちらに住んだ場合、うちを辞めることになったら住居もさがさなければならないんですよ。それに、給料はそこそこかもしれませんが、大した仕事はないんです。楽と言えば楽ですが、キャリアは積めません。あなたがどのような人生設計を考えているのかは知りませんが、僕はあなたにとって、この仕事が人生のプラスになるとは思えないんですよ」  言っていることはわかる。  千佳とて、ここで一生働く気は毛頭ないのだし、引っ越ししたいから住み込みならラッキー、という思いが頭をかすめたのだが、その後のことを考えていなかった。 「若い男二人と一つ屋根の下で暮らす仕事なんて、僕があなたの父親だったら猛反対しますよ。僕は白崎先生が紳士であり、女性に不埒な振る舞いをしない人だと保証できますが、もしそうじゃなかったらどうするんですか。会ったばかりでこんなことを言うのも気が引けますが、もう少し危機感を持って、よく物事を考えて行動なさった方がいいですよ。その歳でしたら、尚更。まともな人生を歩みたいなら」  もしかしなくても説教されている。しかも至極ごもっとな意見なので、返事すらできずに千佳はうつむく。  馬鹿な女だと思われているんだろうな。恥ずかしい。  まともな人生設計だなんて、考えていなかった。  仕事は嫌だけど、生きていくために仕方がなく働いていた。嫌なら転職すればいいって思っていた。しいて言うなら「卓也と結婚したいな」というくらいの希望はあった。  それからのことは――それから考えればいい。とりあえずそこそこ貯金していって、三十前後で結婚して、結婚してからはそれなりにどうにか暮らしていくんだろう、って。  明確なビジョンがなかったと気づき、改めて愕然とした。  何かあってもどうとでもなるだろう。そうやって生きてきて、どこか「自分はポジティブなんだ」とねじ曲げて考えていたが、違ったのだ。人生に向き合うのが億劫だっただけ。  無職の卓也をなじる資格なんて、なかったのかもしれない。私達って、似た者同士なんだわ。お似合いだったんだ。  自覚した以上に己は馬鹿だったのだと思い知る。 「西山さんをいじめないでよ、小早川君」 「いじめているように見えたのなら先生がおかしいんですよ。僕は彼女のために言ってるんです」 「西山さんがうちに来るのに反対なの?」 「反対はしてません。先生も歓迎していますし、来ていただいて結構です。異存はありません。西山さん次第です」
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