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いつの間にか手にしていた履歴書を、千佳は握りしめていた。この履歴書が、ろくな生き方をしてこなかったことを証明しているようで厭わしい。
西山千佳の経歴には、信念がない。改めて気づいて、胸が痛くなった。
イケメンに顔を誉められて、ほいほい自宅を訪ねる女。誰だって呆れるに決まっている。
「あの……白崎さん」
「ん?」
千佳が顔を上げると、白崎の真っ直ぐな眼差しとぶつかった。
お断りさせていただこうかと思います、の言葉が喉元まで出かかったが、また食道を下りていって胃におさまる。
あまりにも。
あまりにも彼は魅力的な人だった。優しくて、カッコ良くて、ちょっとおかしいけど、こんなにも私を誉めてくれた人はかつていなかった。後光がさしているようにも見えるほど、輝かしい笑顔。
もし断ったら、二度とこの笑顔に会えないかもしれないのだ。感極まって泣きそうになってしまう。
「お仕事の話、もう少し……考えさせてもらってもいいですか……? 昨日の今日ですし……」
「今日の今日ですよ」
小早川が横から冷たくツッコミを入れる。
「うん! いいですよ! 小早川君の言うことにも一理あるもんね。でも、うちでなら楽しく生活できると約束しますよ。女性だから不安っていうのもわかるけど、僕も小早川君も君が不快に思うような接し方はしないし。来る気になったらそう言って下さい! 引っ越し費用は全額僕が持ちます!」
うっと小さくうめいて千佳は胸をおさえた。
引っ越し費用を全額! 太っ腹にもほどがある。
それほどまでに歓迎されていると思うと、気持ちが揺らいでしまう。それはもう、ガクガクと揺れて、白崎側にほとんど傾いている。
そんな苦しむ千佳に、小早川が声をかけた。
「西山さんは、これまで男に金をたかられたり、詐欺に引っかかったりした経験は?」
彼氏はヒモで、過去に少額ではあるが騙されたことはある。でも、どうして会ったばかりの小早川がわかるのだろう。疑問を口にすれば、小早川は何度目かのため息をつく。
「見ていればわかりますよ」
話が長くなってしまったが、そろそろお暇しようかと千佳は立ち上がった。疲れた様子の小早川へと近づく。
「はっきり仰ってくれてありがとうございます。少し自分の生き方を改めなくちゃって反省しました」
「それは結構ですね」
「一ついいですか」
「何でしょう」
「小早川さんは……、白崎さんが私の顔を気に入ったから、嫉妬していじわるで厳しいこと言ったわけじゃないですよね……?」
小早川は頬の辺りをわかりやすくひくつかせた。
「あなた……なかなかの肝っ玉してますね……」
また怒らせてしまったらしい。千佳はたまに余計なことを言って自分から窮地に陥る、との指摘を友人から受けたのを思い出し、また反省する。さっさと退散しなくては。
と、歩き出したのだが足が止まる。
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