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4、お別れしよう
* * *
住み込み家政婦の件は、断ろう。千佳はそう決断した。
――白崎さんは、いい人だ。もし彼が画家じゃなかったら、誘いを受けていたかもしれない。でも……。
あの絵を前にして、千佳は打ちのめされた。日頃封印していた思いがまた顔を出して、胸が疼く。
「のんびりひよこのだいぼうけん」という絵本を知っている人間が、世間にどれほどいるだろうか。関わった人ですら、きっとほとんど覚えていない。
描いた本人ですら忘れている、いや、忘れようとしている。
西山千佳は、絵を描くのが好きだった。子供の時分からずっとそうだった。
どちらかといえば内向的で、幼稚園児の頃も、教室で一人クレヨンを握り、お絵かきをしていたそうだ。
それは小学生になってからも変わらず、図画工作の時間が楽しみで、画材に触れるのが好きだった。
「千佳ちゃん、絵が上手だね」
クラスメイトにそうほめそやされて、休み時間も浮かれて自由帳に絵を描いていたのを覚えている。
二年生の時は、環境ポスターコンクールで優秀賞に選ばれた。
お小遣いで絵の具を買って、放課後に家で絵を描くこともあった。水に溶けてのびていく、綺麗な水彩絵の具を画用紙に塗るのが好きだった。
絵を描くのが好きかと問われたら、いつだって、どの場面ででも頷いただろう。
けれど、どれほど好きかと尋ねられたら、答えるのが難しい。
千佳を何より苦しめたのが、「絵が好きだけれど、人生をかけるほどの熱意はもてなかった」という事実だった。
寝食を惜しんで描いたことがあったか? 否。
絵を糧として生きていこうと夢見たか? 否。
絵を描くのが好きな少女は、いつしか絵を描くことから離れていく。嫌いになったわけでもないのに。
たまに、思い出したように絵を描くことはあった。だが、中学も高校も、美術部には入らなかった。
美術の成績はいつも五だったから、平均よりは上手いと判断されていたのだろう。評価が高いのは嬉しいし、誇りだった。
けれど、のめりこむことはなかった。趣味というほど、活動もしていなくて。
それならそれでいいではないか、と他人は言うかもしれない。
自分でもそう思うのに、何故かもやもやした気持ちが胸から消えなかった。
好きなはずなのに、その道に進もうと思わなかったのはどうしてなのか。私にとって、絵って何なのだろうか。
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