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「西山さんの作ってくれた風呂吹き大根、とっても美味しいよ!」
千佳の手製の料理を、白崎は言葉通り、実に美味しそうに頬張っている。
この時ほど、祖母に料理を教わっておいてよかったと思ったことはない。卓也にはお前の料理はババくさいんだよとなじられていたのを思い出す。
風呂吹き大根はそぼろあんかけ。他にはしそを入れて爽やかな味付けにしたひじきの煮付け、いろどりを意識したほうれん草の白和えなど。白崎はどれも喜んでくれた。
頑張った甲斐があったなぁ、と胸をほっこりさせる。
「顔も素敵だし、料理も上手だし、西山さんは最高の女性だね」
過剰な誉め言葉は面映ゆくて落ち着かないが、悪い気はしない。相手にその気がないのは百も承知だが、まるで新婚気分である。
だが、その幸せに水をさす人物が一人。
「僕だって、風呂吹き大根くらい作れますよ」
と、どこか拗ねたような態度なのは小早川だ。
千佳にしてみれば、小早川は姑同然だった。せっかくの新婚なのに、面倒な姑と同居しているような気になってしまって台無しである。
「君の料理はあんまりにも真面目すぎるし、味が薄いんだよ……」
「健康のためじゃないですか」
「一応まだ二十代なんだよ僕は」
「若いうちから健康に気をつけていただかないと。大事な体なんですから」
妙なやりとりが続いた後、「西山さんの料理の方が美味しいって言うんですか!」と小早川は嘆きだした。本人は妬いていないと言っているが、ほとんど嫉妬だ。
「小早川君の料理は料理本通りの料理って感じで、西山さんの料理は素朴で温かみがあるね」
白崎が千佳を誉めれば誉めるほど、小早川は不機嫌になっていく。妙な三角関係の図式になってしまった。
数日暮らして気づいたのだが、小早川の白崎に対する想いは、恋愛などというものを遙かに越えているようだ。「小早川君はたまに僕の母親みたいな態度になるんだよ」との白崎の発言もあり、だから千佳からしても姑のように見えるのだ。
一言でまとめるならやはり、狂信者なのだが。
ところで、食卓に並ぶ料理は和食ばかりだが、食器はハイブランドの、洒落たもので統一されている。
このうちにはお椀がない。よって味噌汁はスープ皿によそわれる羽目になっている。
「貰い物なんだよね、全部」
味噌汁をスプーンですくいながら白崎は説明した。英語で言うならミソスープなので、スープ皿によそってはいけないわけではないだろう。多分。
「フランスに住んでた時、いろんなお客さんがプレゼントくれたんだよ。皿を割った話をしたら、この通り食器一式、何人もくれたわけ。ティーカップもね」
もったいないから、新しいものは買わずにこれで済まそうとのことになったそうだ。
そして和食を好んでいる理由だが、フランスに六年住んでいて散々ヨーロッパの料理を堪能し、ふるさとの味が恋しくなったという。
日本に帰国すると決めたのも、和食を食べたくなったからなのだ。
食事が終わり、食後のお茶は普段使いするには恐れ多いほどの風格があるティーカップに入った緑茶だった。
ダイニングテーブルをはさんで、小早川と白崎は何やら仕事の話をしている。
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