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* * *
千佳は一人、公園のベンチに腰掛けてうなだれていた。
夢中で足を動かしていたものの疲れを感じて、たまたま目についた児童公園に入っていった。
深夜の公園はひっそりしていて、立ち入るには勇気が必要だったが、恐怖よりも疲労が勝って休める場所に落ち着いた。
そう、酷く疲れていたのだ。体よりも、心が。
浮気男を追い出すこともできずに、自分が飛び出し行くあてもなくさまよう夜。冷たいベンチに座るこの惨めさ。
私の二年。二十五歳からの貴重な二年。卓也が幸せにしてくれると信じていたのに、これからもっと幸せになるための二年だったのに、無駄に消費されてしまった。
また、新しいパートナーをさがして、幸せになるために時間を費やさなければならないと思うと気が重い。そんな日が来るのだろうか。
友人は結婚し、出産し、あるいはバリバリ働き、みんな充実した日々を過ごしている。
なのに私は! 職も恋人も失って、公園で涙をこらえる可哀想なアラサー女!
いいや、二十七はまだアラサーとは言わないかもしれない。二十八か九くらいからじゃない? 二十七はまだ……まだ、何だと言うのだ。四捨五入すればやっぱり三十ではないか。
鼻をすすりながらスマホを取り出して画面を確認してみる。メッセージが一件あるとの通知で、卓也から送られてきたようだった。
今更謝ったって、遅いよ。私達は、もうおしまいなんだからね。そう、心の中で呟きながら内容を確認してみる。
『おい、絵、捨てんなよ。結構高い金払ったんだから』
だから、私のお金なんですけど!
別に謝罪の言葉を期待していたわけではないものの、重ね重ね幻滅した。
私ではなく、絵の心配。愛想も小想も尽き果てる。
返信はせず、スマホを鞄の中にしまった。見なかったことにしよう。こうなってくると、涙も引っ込んでしまう。
卓也は私を、何だと思っていたのだろう。喋る財布、とか?
今まで卓也に嫌われないようにと、下手に出て暮らしていた二年分の虚しさが、改めて背中に重くのしかかる。
だって私は美人じゃないし、スタイルも良くないし、頭だって悪いし、へらへらしていないと捨てられるって思ってたから。
そうやって我慢していれば、卓也がいつか幸せを与えてくれると信じていた。
お父さんの言う通り、私は馬鹿だ。大馬鹿ものだ。
卓也のことはすぐさま忘れて、新しい生活へと踏み出すしかない。
「……でもなぁ」
うつむいて、嘆息。
求職中の身でもあり、すぐに明るく気持ちを切り替えるのは容易でなかった。仕事もそうだし、できれば引っ越したい――卓也が浮気相手と寝たなんて(それも、私のベッドで!)思い出したくもないけど、部屋にいれば思い出してしまうだろう。
いや、無職で引っ越しは贅沢か。せめてベッドだけでも早急に処分して――ああ、やっぱり、引っ越したい!
どうにか無理してでも、新生活を始めなくちゃ。そして、いい人と出会う。私を幸せにしてくれる、素敵な人。
浮気しないで、定職についていて、煙草を吸わなくて……。
指を折って条件を数えていた千佳は、あほらしくなってその手をだらりと下げた。
その時だった。
「それ、あなたが描いた絵ですか?」
聞き慣れない男性の声に、はっとして顔をあげる。それ、というのは、腹立ちまぎれにひっつかんできた気味の悪い絵のことだろう。
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