1、最悪な浮気と真夜中の出会い

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 長らく沈黙が続き、普通であれば向こうも気まずくなって当然というほどの時間が経過した。しかし彼はまともな神経の持ち主ではないらしく、爽やかな笑みを浮かべたまま待っている。  こちらが返答しなければ、夜明けまでこの状態が続くのではないかと不安になるほどだ。  といっても無言の威圧ではなく、純粋に待っているだけのようだが。 「え、ええと……」千佳は目を泳がせる。「急に、そう言われても、すぐには決められないと言いますか……」 「あ、そうか! そうですよね! そりゃあ、そうだ!」  男性は朗らかに笑って、頭を掻く。 「仕事のことですもんね。僕、自分のことばかり考えてしまって、つい先走ってしまいましたよ。『先生はすぐ暴走するんだから』って、いつも怒られてるんですけど、またやっちゃった。でも、悪い条件ではないと思うな。よく考えてもらって、気になるようであればうちを訪ねてもらえませんか。待ってますから」  そして彼はふところから名刺を出して、千佳へ手渡す。 「僕は白崎と言います」 「ど、どうも。私は西山と申します。西山、千佳です」  シンプルな名刺には「画家 白崎純」と印刷されていた。  千佳は改めてこの、白崎という男の全身を眺めた。名刺の情報が真実なら、この人はペンキ屋ではないらしい。 「じゃあ、僕は帰りますね。公園のベンチで眠ってたら随分遅くなっちゃった。こりゃ、また怒られるなぁ。君も早く帰った方がいいですよ。こんな夜中に女性が一人で出歩いていたら危ないから」  そこそこの一般的な感覚は一応、持ち合わせているらしかった。  白崎は颯爽と歩き出し、公園の出口へと向かう。途中で振り向き、こちらへ親しげに手を振ると、「待ってますよ!」と元気良く言って去って行った。  一人、絵と残された千佳は、放心状態でベンチに座り続けていた。  今、何が起こったんだっけ?  美男子に手を握られて、顔が素敵だと誉められて、筑前煮が作れるか聞かれて、住み込みの家政婦をしないかと誘われた? それも、深夜の公園で。  まるで荒唐無稽な夢の中の出来事のようだ。  しかし夢ではない証拠に、手には名刺が残っている。 「白崎純」  奇妙奇天烈なその人物の名を、千佳は小さく呟いた。
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