2、ヤバい男

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2、ヤバい男

* * * 「ダメに決まってるでしょ、そんなヤバい男」  奈々はドレッサーに向かってメイクの仕上げをしながら、強い口調でそう言った。  百貨店で美容部員として働く彼女のメイクは丁寧で、仕上がりも見事なまでに美しい。ベースはしっかり。濃すぎず、派手すぎず。きりっとはしているが威圧感はなくて柔らかい印象も残している。さすがである。  一方千佳は寝起きの乱れた髪のまま、淀んだ目で身支度をする奈々を見つめている。  昨晩行き場をなくした千佳は、短大以来、友人付き合いのある奈々に連絡をとって、泊めてもらえるよう泣きついたのだった。  彼女は親友と呼べる間柄ではなかったし、会うのも数ヶ月に一度あるかどうかだ。ただ、サバサバしていて付き合いやすく、良い関係が続いている。とにかく面倒見が良くて頼りになる女性で、昨日も近場に住んでいることもあり、車で迎えに来てくれたのだ。時間的にも地理的にも、頼れるのは奈々しかいなかった。  昨日の出来事を聞いている最中、奈々は眉間に皺を刻みっぱなしだった。 「やっとヒモ男と別れる気になったっていうのに、今度は詐欺師?」  詐欺師というのは例の妙な画家、白崎のことである。 「詐欺師かどうかはわからないんじゃ……」 「詐欺師に決まってるでしょ! 他に何だっていうのよ、そんな怪しい男。住み込みで家政婦やってくれ? まともじゃないわ」  おそらく奈々の言っていることは正しいし、誰に聞いても大体同じように意見を述べるだろう。けれど千佳は白崎との一幕を思い出すと、どうしても頷けなくなってしまうのだ。  だって、あんな爽やかな詐欺師、いないと思う。 「カッコ良かったんだよね……白崎さん」 「だから詐欺師だって言ってんじゃん。結婚詐欺師だよ、絶対。次はあんたに結婚申し込むよ」  あんな美形になら騙されるのも悪くない、と一瞬思ってしまうのは、心が弱っているからなのだろう。  やっぱり、詐欺師なのかなぁ。でも、詐欺師だとしたらもう少しまともな形でアプローチしてこないだろうか。深夜に公園で声をかけられて手を握られたら、いくらイケメンでも普通の女性は怖がって逃げ出すはずだが。 「千佳、まさかそのおかしな男と付き合いたいって考えてるわけじゃないでしょうね」 「そんな! 卓ちゃんと別れてすぐに他の男の人なんかと……」  ぶんぶんと手を振り回すのは、否定の意味と目の前に浮かんだ白崎の笑顔を消し去るためだ。  「千佳みたいな子は、堅実で真面目な男が似合ってるんだよ。それをよりによってあんなヒモとさ……。でもまあ、別れる決断したのは正解だね。遅すぎるくらいだけど。まずはクズ男を追い出して、仕事さっさと見つけて、親と仲直りをする。それから新生活を始めて、公園で会ったヤバい男のことは忘れる。以上」  喋りながらもてきぱきと支度を進めていく。妥協も乱れもない、独り身女の美しく力強い朝の光景。ほれぼれする。だらしのない自分とは大違いだ。  竹を割ったような奈々の性格が羨ましかった。優柔不断で、他人に流されて、ふにゃふにゃと生きている自分。私には、何もない。  そう、何もないのだ。恋人も、職も、貯金も。  ため息をつきながら、そっと取り出したのは怪しい画家の名刺だ。あの昨晩の、自分へ向けられた肯定的な言葉が忘れられない。  素敵な顔、か。あんなあからさまなお世辞も温かく心に沁みる。  ああ、彼が詐欺師だとしたら――今なら詐欺に引っかかってしまう女性達の気持ちがわかる。 「捨てなさいって、こんなもの!」  奈々が鬼のような顔つきで名刺を取り上げた。 「ちょ、ちょっと待って……」 「まだ諦めがつかないの? 画家だなんて嘘に決まってるじゃないの。白崎なんてのも偽名よ! わかった、調べてあげる。もし画家として活動してるなら、ネットのどこかに名前くらいでてるでしょ」
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