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「和人と別れたいと思ってるんだよね」
真希子から相談を受けたのはつい先日だった。私は口をつけようとしたカップを持ち上げたところで停止した。ルイボスティーの香りだけが私に届く。
「え、どうしたの急に。昔からあんなに仲良かったのに」
「うん、今も仲はいいよ。だからこそ、なんだけど」
真希子はホットココアに息を吹きかけながら一口啜る。彼女は昔から猫舌なのに熱い飲み物を好むので「人間はなかなかうまくできてない」とよく愚痴っていた。
彼女とは高校からの親友だ。恋バナが好きで、あまり恋愛に興味のない私に恋愛の素晴らしさを伝えようとよく男の人を紹介してくれた。そのうちの一人が明だ。今思えば、楽しんでいただけなのかもしれないけれど。
真希子とは趣味嗜好は真逆だが、いやむしろそれが良かったのか、一緒にいて居心地が良く社会人になった今も時間を見つけてはこうしてお茶をしている。
「わたしたち高校の頃から付き合ってて、今も仲良くやってるんだよ。でもこの歳になって、周りから結婚とか家族とか言われ始めてね。最初は気にしてなかったんだけど、最近ちょっと考えてみたの」
「みたら?」
「……なんか、しっくりこなくて」
真希子の彼氏である和人は同じ高校の先輩だった。そして、明の大学時代の親友でもある。本人と会ったことは二度くらいしかないが、温和でいい人だったと思う。
真希子はなんと伝えたらいいか悩んでいるのか、少し考えてから口を開いた。
「変な話かもしれないけど、和人とは本当に仲が良くてね。これだけずっと仲良くできてる人なんて朱音か彼くらいだよ。でもだからこそ彼とはもう兄妹というか親戚というか、そんな感じなんだよね。家族になりたいか、って言われると違う気がするの。家族になっちゃうと、せっかくの関係が崩れちゃう気がして」
「今のままの関係が良いってこと?」
「うーん、まあそんな感じ」
もう一口、唇を潤すように彼女はホットココアに口をつけた。
「和人とはずっと仲良し兄妹でいたいんだ」
私には彼女の気持ちはよくわからなかった。十年近くも同じ人と付き合ったことがないから。
それでも『家族になれば何かが変わってしまう』という予感だけはわかる気がした。
「だから彼と友達に戻りたいの。できれば今の関係のままでずっと仲良くしていきたい」
「彼に相談してみたら? 案外似たような考えかもよ」
「そんな奇跡あり得ないよ。それより彼はこのまま結婚したいと思ってるかもしれない。そっちのほうが全然あり得るし、そんな彼にこんなこと言ったら嫌われちゃう」
「……まあ、そうかも」
普通に考えたらそれが自然な気がした。彼もそろそろ将来を見据える年齢だ。
「ああ、わたしどうしたらいいんだろう。幸せって何なんだろう。ねえ朱音」
「私に言われてもわかんないんだけど」
「えー、なんかズバッと一気に全部解決できるようなアイデアちょうだい」
「そんな最強のアンサー導けるほど人間はうまくできてないよ」
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