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ここの大観覧車は一周するのに十五分かかるらしいが、二人がゴンドラを降りてくるまでに数時間は経ったのではと疑ってしまうほど空はすっかり夜を見せていた。ちょうど彼らが頂上に達した頃には、それはもう美しい夕焼け空が臨めただろう。
「そろそろ夕飯時かな」
「いや、まだ遊び足りないみたいだぞ」
観覧車から降りてきた真希子は楽しそうに和人の手を掴んで、隣のメリーゴーランドに引っ張っていく。和人の表情は見えないが、軽く抵抗する素振りを見せつつも結局は彼も楽しんでいるようだった。
私は手元のアールグレイティーを口元に運びながらそれを見る。
「別に仲は悪くないのよね」
「ああ。むしろその辺のカップルより仲良しなんじゃないか」
メリーゴーランドの待機列に並んだ彼らは顔を見合わせて何かを話している。時折真希子は両手を口に当てているから、笑っているのかもしれない。
あんな時間が私にもあったな。
遊園地でも、スーパーでも、近所の空き地でも、どこに行ってもあたたかく楽しいばかりで。
このままどこまでも伸び続ければいいと願う時間が私にも確かにあった。
きっと彼らも同じように願ったのだろう。
この幸せを続けるために彼らは別れようとしているのだから、人間はなかなかうまくできてない。
「幸せって何だろうね」
「さあな。そんなの、あいつらが勝手に決めるもんだろ」
俺たちに口は出せないよ、と呟く彼はすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつける。湯気ではなく、白い吐息が口元から漏れた。
「まあそうね。二人のゴムだもん」
「ゴム?」
意味がわからないという風に首を傾げた彼は、しかしすぐにその首を戻した。視線の先にはメリーゴーランドを降りて出場ゲートに向かわんとする二人の姿がある。
「そろそろ頃合いだな」
「うん、行こう」
私たちは空の紙コップをゴミ箱に捨てて、カモフラージュ用に購入したお揃いの帽子を被りながら、二人の元へ向かった。
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