第一話 一節 出会いのサンドイッチ

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第一話 一節 出会いのサンドイッチ

 一人暮らしは大変なのだと誰もが口を揃えて言う。高校、大学と地元の学校に通っていたから、当然のごとく実家で暮らしてきた。家に帰れば、エンゲル係数を気にしないできたてのご飯、足をのばせる広い湯船。多少両親の小言が耳につくことはあっても、揺るぎない安心感があった。 「だからって、もぅ、なんで、ないの」  黒いおろしたての鞄の中を何度もさらうが一向に家の鍵が見つからない。実家にいた頃は鍵をかけるなんて習慣はなかった。鍵を持ち歩く生活を始めたのは三月末にこのアパートに引っ越してから一ヶ月程度になる。初めの頃はいつ落とすか気が気じゃなかったキーケースも当たり前のように持ち歩く癖がつき始めた頃だ。 「けさは、あったのに」  そう、今朝は鍵を閉めて出勤したのだ。新卒で入った会社もそろそろ一ヶ月になるということで今日は歓迎会だった。それもひどく時代錯誤なルールの。  新人は自分のグラスを持ちながら先輩社員全員にお酌をしてまわらなければならないのはなぜなのだろう。何が起こるかと言うと、お酒を注ぐと自分にもお酒を勧められる。断ることもできるが人によっては飲んだ方が良さそうな相手だっている。当然、歓迎会のために出される料理には殆ど手をつけることができない。そして、空きっ腹にアルコールという最悪のコンボが決まるのだ。 「おなかすいた、でも、いえはいれない」  そして今、冴島(さえじま) 里依(りえ)はアルコールで酩酊状態にありながら玄関前で鍵を紛失しているという一人暮らしあるあるを初体験しているのであった。 「ねむ......」  里依の体力はもう限界に達していた。慣れない街、慣れない家、慣れない仕事。金曜日の夜は何もなくても疲れているのだ。幸いにして今日は晴れ。GWも近い四月末の夜は少しあたたかい。アパートのドアの前にもたれかかるとツンとした鉄製のドアが支えてくれる。 「つめた...」  里依は、いつの間にか寝てしまっていた。
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