第一話 一節 出会いのサンドイッチ

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「いただきます」  手を合わせて里依はサンドイッチを手に取る。まず初めは卵サラダにしよう。英字新聞のようなお洒落な巻き紙が手に持ちやすいように付いている。ラップでキャンディのように両端をくるくると巻かれた部分をほどくと、ぼぼんと素材がずっしり詰まった姿が露わになった。  六つ切り食パンの素朴な香ばしい香りに実家でよく朝ごはんに何も塗っていないパンを食べていたことを思い出す。 「もちもち食感のパンってそれだけでおいしいですよね」  大きく口をあけて頬張ると意外な甘みに驚く。かぼちゃだ。卵サラダの中にほんのりと主張するようにかぼちゃが混ぜてあるようだ。歯形のついた断面をもう一度よく見てみると、確かに普通の卵サラダよりも黄色味が強い。そして、しゃりしゃりのレタスがあるおかげであと味がねっとりとならず、さっぱりとしている。パンと具材の間に控えめに塗ってあるバターが味を繋ぐようにコクを出している。 「おいしい......」  前言撤回である。そのままのパンよりも具材を挟んだ方がおいしい。私が神ならこれを全世界の不変の定理にしようと里依は思った。パンの耳の部分までしっかりと具材が入っており、巻き紙とラップのお陰で具材がポロポロと崩れてきたりすることはない。計算し尽くされたフォルムだった。  味について考察している間に卵サラダは食べてしまったので、次はアボカドサーモンに手を出す。アボカドは綺麗な緑色をしており、触ると柔らかいのがわかった。食べごろだ。薄く切られたサーモンはフリルのように重ねられてボリューミーだった。 「濃っ厚......」  食べごろのアボカドはほとんどクリームだ。咀嚼しなくても口の中で勝手に食べられてくれる。そして問題はサーモンだ。咀嚼するたびに濃厚な香りが広がってくる。燻製サーモンというやつだろう。そして隠れるように存在していたクリームチーズが舌の上に躍り出る。  里依は再度305号室のある東を向いて手を合わせる。  305号室は里依の一つ奥の部屋だ。都会では挨拶なんかはしないと聞いていたので面識はもちろんない。しかし、こんなにいい人が住んでいるのなら挨拶ぐらいしておけば良かったと今更ながらに後悔する。  これだけの料理を作れるのはきっと主婦歴30年のベテランかシェフぐらいだろう。恰幅のいいおばさまを想像しながらほほ笑む。  後でバスケットを返しにいかないとなと思いながらも、満足感で里依は再び眠りについたのである。  そしてそのまま寝てしまったために里依は気が付かなかった。実は赤い布巾とサンドイッチの間にはもう一つメモがあったのだ。 “鍵は閉めてネームプレートの裏に置いておきます。どうかお気をつけて”
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