Scene.1

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 その日は雨で、夜食の入ったコンビニ袋を揺らし、和平は小説の登場人物の台詞をブツブツ呟きながらアパートの錆びた鉄の階段を上っていた。  その時、雨避けのトタンがバリッと大きな音をたてた。驚いて和平が見上げるのと、頭上から人が、ヒカルが降ってくるのがほぼ同時だった。  間一髪階段から落ちることなく彼女を受け止めた和平は、あまりの驚きに声も出ず、咄嗟に彼女を抱き起こした。 「迷彩服?」  彼女が着ていたのは汚れた迷彩服だった。何故か雨に濡れている様子はない。自衛隊?とも思ったが何か様子か違う。気絶して和平に寄りかかっている彼女の体からはあまり嗅いだことのない煙の匂い。所々破れている服から見えた腕には、 「血が出てる!」  いくつかの傷があった。和平は彼女を抱え上げると、とりあえず自分の部屋に運んだ。  一旦彼女を寝かせたものの、どうしていいか分からずにハルを呼んだ。もちろんハルも驚いていたが、服を脱がし、手当を終わらせた。幸い小さな傷だけで、医者の世話になるような怪我はなかった。 「お前の彼女…という訳でもなさそうだね」  布団に横たえた細い身体の彼女はよく見ると美人で、歳も和平と変わらないように見えた。事情が分からないので、とりあえず彼女が目を覚ますのを待つ事にした。彼女は半日以上眠り続け、ぱちっと目を覚ました。  目だけで辺りを確認する。そして見慣れない風景に気付いたのだろう、布団から飛び起きた。その気配を感じ隣の部屋に居た和平とハルが彼女を覗く。 「私…」  彼女は和平とハルを見て、そして手当された自分の身体を見た。そしてもう一度ゆっくり部屋を見回す。 「私、こっちの世界へ来たのね!」
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