Scene.1

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「所謂パラレルワールドだな」  真面目な顔をして和平が言う。和希はいつもの話のいつもの件でやっぱり嘘くさいと思いながら聞いていた。しかし何も言わない。今回が最後だと自分に言い聞かせる。そもそもこの作り話を毎年自分に聞かせる父の意図が分からない。作り話の母親像を知っても仕方ないと思うのだ。  母がいなくなった時、和希はまだ三歳で、ほとんど何も覚えていない。片親で特に辛い思いをする時代でもなかったし、そこまで母親の事を知りたいと思った事もなかったのだが、こうやって毎年行われる『行事』で架空の母の像は創られていく。 「ヒカルが言うには、ヒカルが住む世界では、こちらの世界に来る事も、こちらの世界の人間が向こうへ行く事も、たまに起こり得ることとして特別驚くことではないんだって」 「ふうん」  とりあえず和希は相槌を打つ。 「俺たちからしたら別世界へ行くなんて大変なことだけどね。だけどヒカルは落ち着いてた。ただ『自分の番だったんだ』くらいに」
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