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そして次に目が覚めた時、イーゼの目の前にいたのは見知らぬ人間たちだった。
周囲に視線を巡らせると、先ほどまでいたライゼス教授の邸宅には間違いなかった。しかしそこには制服を着た大勢の人間たちと、私服を着た数名の人間たちが動き回り、ライゼス教授の持ち物であるはずの研究機材やラップトップを持ち出している。
「きみはライゼス教授のロボットかね」
イーゼは目の前に立つ人間に視線を戻した。中年の紳士だ。
「はい。わたくしの名はイーゼと申します。ライゼス教授の身の回りのお世話をしている人型ロボットです。あの……これはいったい? 教授はどこにおられるのです?」
「きみがその質問の答えを持っていると思って、電源を起動させたのだがね。遺言でもかまわんが」
紳士は懐から出した煙草をくわえたのち、スーツの裾を払って腰のバッジを見せた。警察──しかも諜報課の人間だ。
「ライゼス教授が消えた」
諜報課の捜査員は短く事務的に述べ、こう付け加えた。
「行方をくらませたという意味だ。物理的に肉体が蒸発したり喪失したわけじゃないぞ」
「承知しております。教授が行方不明になったのはいつのことでしょうか?」
「半年前だ。本当におまえは主人の行方を知らんのか」
「知らされておりません。いきなりふらりと消えて、誰もが忘れた頃に戻ってくるようなおかたです。だからこそ半年も探されていなかったのでしょうが」
「逆だ。血眼になって半年間探し回った。あの男が消えたのはただ事では済まないんだよ、イーゼ」
捜査員のくわえたまま火をつけぬ煙草が、唇の動きとともに揺れる。
「やつは国防関連や企業などの情報を持っている男だ……にも関わらず、我々の尾行をご丁寧に撒いた上で消えた。いま、わたしたちが何をしているかわかるか?」
「家宅捜索ですか?」
「情報の回収と抹消だ」
イーゼは黙って、捜査員が次の言葉を紡ぐのを辛抱強く待った。
「で、おまえさんは、どうするんだ?」
「わたくしも抹消されますか?」
消えたくない、ととっさに回路に想起した。物理的なほうの、消えたくない。壊れれば奉仕が損なわれる。
「メイドとも愛人とも見分けがつかんおまえさんが、何か重要な情報を持っているとは思えんよ。思えんが……事実はどうでもいい。情報がありそうな端末を片端から消せば安心できる輩がいるだけのことだ」
「どうすれば、わたしを抹消せずにおいてくれますか?」
「さあ」
「教授の行方を探せばよいですか? 彼の情報を提供すればよいですか? 私の存在価値を認めてくだされば、壊さずにおいてくださいますか?」
「……おまえさん、ロボットだよな」
言われて初めて、イーゼは捜査員のスーツの襟を両手で掴んでいる自分に気づいた。
「どうすれば私を認めてくださいますか?」
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