I need you.

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 ライゼス教授が消えて十年。イーゼは自分のボディに涙袋を搭載した。彼女の体内には、エネルギーの元である液体フロー電池が流れている。それらを血の赤に染めた。  イーゼは自分が悲しいと認めれば涙を流すようにプログラムし、皮膚に傷をつければ血のようなものが出るようにハードを作り替えた。  己の体を作り替えたことで、『たとえロボットでも涙を流し血が出るのであれば人間と同じだ』と、パートナーになりたいと言ってくる人間たちが出てきた。イーゼは外見も、心も、研究内容も、すべてを一番承認してくれる人間を、パートナーに選んだ。  ライゼスが消えて、十五年。いまだに彼の姿は影も形もなかった。今の己の姿を見たらなんと言うか、イーゼの記録(ログ)では情報が少なく、演算結果が出ない。 「もういない男を探し回るなんて不毛なこと、しなくてもいいじゃないか」 「でも、彼は私の製造主で、主人だから」 「なんだか主人って言われると、夫を探しているような響きがして、いやだな」 「『いやだ』って、私たち結婚しているわけでもないじゃない」 「結婚しよう」  結婚は承認だった。社会がステータスを承認する。妻に選ばれたという承認を得られる。誰かが自分を無条件に認めてくれる。  結婚し、これまでよりさらに経済的余裕が生まれたイーゼは、考えに考え抜いて、ある一つの解を見出した。 「全世界が認めるほどのロボット工学技術を生み出したら、教授の耳に私の名前が届くかもしれない」  そうすれば、わざわざこちらが探しに出ずとも、教授から会いにきてくれる。世界が自分を認めれば、教授も自分を認めてくれるに違いない。  ライゼスが消えてから三十年。イーゼはかつてと変わらぬ美しいボディで壇上にいた。謹んで世界的な科学賞を受賞する栄光を浴した。ロボットによる宇宙空間コロニーの建築、運営などに貢献した功績が認められたのだった。  嬉しい──ここは涙を流すところだとイーゼは思った。彼女はスピーチの時に、悲しくもないのに涙を流すプログラムを初めて動作させた。  イーゼは、今や世界の誰もが認めてくれる存在になった。  ついに教授が認めてくれる日が来たのではないか。  受賞者スピーチの最後はこう締めくくられた。 「見ておられますか、教授」
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