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どれくらいの間倒れていたかはわからない。しかし何かの拍子に、ふと、太陽の光を遮る影が現れた。
「……ずいぶん変わり果てたものだな」
ロボットの耳を打つ声紋は、四十年経っても、変わらずに同じ人物をヒットさせた。
「私を……」
皺と白髪の男を目に収めた。
「私を……」
すべて枯れたと思っていた涙が、再び出てきた。
「私を認めてください」
狂おしいほどの欲求が電子回路を支配した。
「私を認めてください、教授」
それだけがイーゼの回路に想起できる、唯一の言葉だった。
「さもなければ私を壊してください。あなたが認めてくださらなければ、私はいないものと同じです」
「人は忘れるのが得意な生き物だからな」
「なぜ──なぜ私に承認欲求回路など取り付けたのですか。なぜ取り付けた上で、私の前から消えたのですか? なぜ……」
「〝なぜ〟、か」
ライゼスの指がイーゼの頬を撫でた。
「私はおまえに、承認欲求回路など取り付けていない」
「何を、おっしゃっているのです?」
「承認欲求の話をして、おまえの前から消えてみせただけだ。実験だよ、イーゼ。なぜ私がそのような回路を作れると思ったんだ? いまのおまえでもあるまいし」
「うそだ」
「おまえが自分で自分の中のプログラムに、気づかないわけがない」
「うそ、だ──……」
「おめでとう」
教授の放った一言は、イーゼからすべての言葉を奪い去った。
「おまえは自ら完璧になってみせた。完璧に人間らしい、完璧なロボットだよ」
イーゼは何も、出力しなかった。
指一本も動かさず、唇からは一言も漏らさず、涙はもう出てくることはなかった。
「……私の褒め言葉、ちゃんと聞き届けてから死んだんだろうな?」
ライゼスは、永久に活動の停止した完璧なロボットを抱え上げ、お互いの額を触れ合わせた。
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