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「ダニエ……」
冷えた肩に顔を埋め、アレクシスは呟いた。
倉庫の出入口から吹き込む雪が一層激しくなる。
体の下で、ダニエルはじっと暗い天井を見上げていた。
抵抗どころか指先すら動かす気配もない。
怪我が酷いのか。思わず意識があるのかどうかが気になる。
アレクシスは手を付き体を起こした。
「パガーニ大尉」と呼ぶ女性の声が、離れた場所から聞こえる。
複数の靴音がこちらに近づいた。
わざと別の方向に行かせた同僚が応援を呼んだか。
「ダニエル」
ダニエルの肩を掴み、抱き起こそうとする。
自身の中では、もはや彼を無理やり冤罪で確定させていた。
その旨の発言は、保護して連れ帰れば絶対に引き出せる。
何かの間違いだ。
冷静な性格の彼だが、突然のスパイ容疑に動揺して怯えることはあるだろう。そのために態度がおかしくなっているだけだ。
とりあえず軍の施設に連れ帰ろうと思う。
暖めて怪我の手当てをして、こんな所で無理やり組み伏せてしまったことを詫びて。
「パガーニ大尉!」
靴音が倉庫前の通路に差し掛かる。
「こっちだ!」
アレクシスは同僚に向かい叫んだ。
「スラックスのベルトをちゃんと直せ、馬鹿」
言いつつダニエルが体を半回転させる。死角を突く形で横っ面を蹴られ、アレクシスは傍らに手を付いた。
はだけられたシャツを片手で直しながら、ダニエルが俊敏な動きで立ち上がる。
「ダニエ……」
司祭服の裾を掴もうと手を伸ばしたが、隙だらけの動きを突かれ腹を蹴られる。
「ぐっ……」
呻いて踞った横をダニエルは通り過ぎた。
「待て……!」
脚に縋り付こうとするが、躱される。
床を這い再度手を伸ばす。だが、吹き込んだ雪の中に細身の姿は消えた。
「ダ……!」
再び名前を呼ぼうとして、応援の靴音がごく近くまで来ているのに気づく。
アレクシスは口を抑え言葉を飲み込んだ。蹴られた腹を庇いながら身体を起こす。
「パガーニ大尉!」
ややしてから、応援を連れた同僚が倉庫内に踏み込んだ。
背を向けるようにして、こっそりとベルトを直す。ダニエルは逃げ仰せたようだとホッとした。
「……怪我でも?」
同僚が眉を顰め近づく。外套に付着した血痕に気付いた。
DNA鑑定でもされれば、すぐにダニエルのものと特定されてしまう。
「……割れたガラスで、ちょっと」
アレクシスはそう答え苦笑した。
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