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1. TU ES MENDAX ROSA
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寝室のオフホワイトのカーテンから朝陽が透ける。
やはり碌に寝付けなかったなと、アレクシスは寝台の上で溜め息を吐いた。
夕べ自棄になり多めに飲んだウォッカのきつい匂いが口の中に残っている。
出勤の準備をしなくてはならないと思うと、酷く億劫になった。
失恋のショックで休暇を取れる制度なんか軍規にあっただろうかと馬鹿なことに記憶を巡らせてみる。
もしくは美青年スパイにハニートラップを仕掛けられたショックを癒やす休暇制度とか。
いかん、と眉を寄せる。
休暇どころか上官に呼び出されて糾弾される。
下手すれば軍法会議ものだ。
まだ実感がない。ダニエルは一体、自分から何の情報を抜き取るつもりだったのか。それとももう抜かれていたのか。
「大した情報も持ってなくてがっかり」と言っていたが。
国の歴史上、女性の統治者がたびたびいたことから、アレクシスの所属する軍は通称「女王陛下の軍」と呼ばれる。
将校クラスの殆どは、軍施設で生まれ軍に育てられた者で占められていた。
一般の者が入隊した場合は、出世の道はほぼ無い代わりに比較的若いうちの除隊で高額の退職金が支払われる。
半世紀ほど前、公安活動をする特別警察が殆どアンドロイドの隊員のみになった際、軍も同じようにしてはという案が国会で浮上し、当時の軍部が反発した。
「将校、武官、諜報員は、むしろその素質を持った生身の人間が務めるべき」という主張の流れから、その後徐々に軍の将校クラスは、それぞれの役目に合った遺伝子が選び出され、人工受精で誕生することとなった。
生まれた時から軍事、国益に関する役割を強いられる代わりに、一生涯を軍と国家が保証する。
貴族制度の復活とも例えられ問題視する声もあったが、交渉と諜報が「戦争」のほぼ全てといわれる時代においては、幼少期から戦術のエリート教育をされた人間は、むしろ都合が良いといえた。
軍の人間は便宜上、遺伝子提供者の苗字を名乗ることが多いが、提供者との間に身内としての交流はない。
アレクシスの遺伝子提供者「パガーニ」氏は、イタリア、トスカーナ地方の貴族の血を引く人物らしいが、それ以上のことは知らない。
どうでもいいのだが、と思いつつアレクシスはオフホワイトの天井を見上げた。
二十二歳で軍の士官過程を「准少尉」階級で終了、実務に就くと同時に少尉に昇級すると、軍施設ではなく一般の住居に住むことを許可される。
今は大尉。このマンションに住み始めたのは四年前だ。
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