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シングルサイズの寝台なのに、今朝はえらく広く感じる。
ここ一年ほどは、ほぼ毎日ダニエルが泊まっていた。
男二人でシングルはさすがに狭いので買い換えようかと何度か言ったが、「くっついて寝ればいい」と毎晩ダニエルが密着してきた。
起床時間に合わせて室内の温度を調整し始めたエアコンが、微かな機械音を立てる。
夕べのことを思い出しながら、アレクシスはゆっくりと前髪を掻き上げた。
怪我を負った身体で、あの後どこへ行ったのか。
今ごろ何をしているのか。
関係を持ってから一年。性交に誘って来たりほぼ毎晩泊まって行ったりと、積極的なのはダニエルの方だった。
自身はいつも仕方がないなと苦笑して受け入れる。
より相手に夢中なのは、ダニエルの方だと認識していた。
昨夜のダニエルの冷たく突き放すような様子が、いまだショックだった。
ハニートラップだったと認める台詞まで言われておきながら、未練たらたらだ。
より夢中だったのは、こちらだったのだろうか。
そう考え始めると、弄ばれた男、ハニトラに掛けられた間抜けな軍人と、どんどん自分を卑下する言葉が浮かびそうになる。
頭に血が昇って無理やり組み伏せるなど、今思い出すと本気で恥ずかしい。
媾っている最中に応援に踏み込まれたら、本当に何と言い訳するつもりだったのか。
起床時間を知らせる室内音楽が流れる。窓のカーテンが自動でゆっくりと開いた。
休日だろうが出勤日だろうが、AIが体内時計を調整するために一日一度は朝陽を浴びせる。
口煩い奥さんみたいな機能だなと思う。
どちらかといえば、ダニエルのようなマイペースで少々淫乱な方が好きなんだが。
朝の室内音楽は、だいぶ前にダニエルが好きだという『ラ・カンパネラ』に変えていた。
司祭ならミサ曲じゃないのかと寝台の上で尋ねたが、教会で散々聞いているからいいと言っていた。
今にして思えば、似非司祭かもしれないのだ。ハードロックでもおかしくはなかったかと思う。
軽やかなピアノの音の流れる中、ゆっくりと起き上がる滑らかな背中を思い出す。
脱ぎ捨てた司祭服の中衣に袖を通しながら、大抵「今日も来ていい?」と聞いてきた。
一歳年上だが男性的なゴツさのない、十代の子かと思うような細い肩と背中。
逆光になり肩甲骨が小さく浮き出る様子を、ほぼ毎朝眺めていた。
ほんの数日前までそうだったのだ。
落ち込む気持ちと心配な気持ちと、あまりに酷い失恋の仕方とで、朝から鬱になりそうだった。
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