PROLOGUS

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PROLOGUS

 数年前から寂れ、今は出入りする人もいないアーケード街。  アレクシス・パガーニは、銃を手に周囲を伺った。  LEDの街灯が一応道を照らしてはいるが、古く切れかかっているので辺りは薄暗い。  前世紀の安いコンクリート造りの建物群は、老朽化であちらこちらに(ひび)が入っている。  いつから放置されているのか分からない古い配管が時おり建物から突き出していた。  廃屋になった店のガラス窓に、自身の姿がうっすらと映っているのに気付く。  前髪をきちんと整えた灰色の短髪、軍支給のオフホワイトの外套を羽織った服装。  身体つきのややがっしりとした長身といえば聞こえは良いが、軍人としてはもう少し厳つい方がらしいのではと個人的には思う。  手にした銃は、前世紀からよく使われている弾丸を装填するタイプのものだ。  電磁波や荷電粒子を発射する、いわゆる光線銃は実用レベルまで開発されてはいたが、周囲の電気機器への影響を懸念され、あまり使われてはいない。  こんな人一人いない廃れた界隈では、電気機器への影響も何も無いのだが。  頭上にかかったアーチ型の屋根が、所々壊れて穴が開いていた。  そこからこの寂れた街を囲む超高層のビル街が覗き見える。  夜空を覆うかのように林立したビル。そこに光る明かりの点いた無数の窓。  見下ろされていると、果てしなく深い谷間にいる気分だ。  二十一世紀最後のクリスマスは三日後だ。いつにも増して街は賑わっている。  特に耳を澄まさなくても、こちらまで楽しげなクリスマスソングが聞こえていた。  十年前、二十年前なら、この酒場街もクリスマスには賑やかだっただろうに。取り囲む超高層ビルの無数の明かりとのギャップが、余計に寒々しく感じられる。  ふと足元に黒いものを見つけた。  携帯用のライトを懐から取り出し、屈んで照らす。  血痕に見えた。  視線を動かし辺りを見回すと、古いアスファルトの上に点々と続いている。  やはりここに逃げ込んだかと目を眇め、アレクシスはライトを懐に仕舞った。  コツ、コツ、とわざと靴音を立ててみる。息を呑む音でも聞こえるかと思ったが、何も聞こえない。  相手もそこまでの失策(へま)はしないかと思い直す。  道に点々と付いた血痕を辿る。血液が滴るほどなら、大きな怪我であったろうか。  廃屋になった店舗と店舗の狭い隙間に血痕は続いていた。  奥まで辿ると、倉庫に使われていたと思われるガレージに行き着いた。  キィィと音を立て錆び付いた扉を開ける。  メインストリートの街灯の明かりが僅かに入り込み、倉庫の中に自身の長身の人影が出来る。  その影の先に、金色の短髪の青年が脚を投げ出し座っていた。  黒い司祭服の袖から血液をツッと垂らし、覚悟を決めていたのか表情もなくこちらを見ている。  童顔ながらも品良く整った顔が、蝋人形のような無機質なものに見えていた。 「……ダニエル」  アレクシスは呟いた。 「ダニエル・ハミルトン」  感情を抑え、そう言い直した。  銃口を向ける。 「教会の司祭がスパイとはな」  ダニエルは無言で背後の壁に頭を預けた。おもむろに肩を(さす)る。  怪我をしているのは肩か。 「私と関係を持っていたのは、軍部の情報を抜き取るためか」
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