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大学 ➡ 喫茶店(バイト先)
思い返してみても、その日はいつもと変わらなかった。
昼過ぎの講義が終わって時計を確認すると、時刻は15時を少し過ぎていて......
空模様は暗く湿った鈍色で......
大半の人達はそれに対して、口々に文句を言っていた。
一人暮らしをしている者は、洗濯物を干すことが出来ないと......
遠方からこの大学に通う者は、帰ることが面倒だと......
そんな風に、その日は各々が好き勝手に、その天気について語っていたのだ。
「あれ、相馬は今日もバイト?」
僕の隣で講義を聴いていた友人が、自身の携帯に視線を落としながら僕に尋ねる。
「あぁ、うん。今日もバイト」
「大変だな、週五日だっけ?」
「うん、まぁ、無理言ってこの大学に来ているから、生活費くらいは自分で稼がないとさ......」
「ふーん、えらいな」
「そんなんじゃないよ。じゃあ、また明日」
「あぁ、またな」
そう言って、僕はその友人と別れて、教室を後にする。
教室を出てチラリと振り返ると、おそらくその友人の友人なのだろうか、一人の学生が、楽しそうな表情をしながら彼に話しかける。
そして彼も、楽しそうにその友人と話しながら、僕が出た所とは違う扉からその教室を後にする。
そして僕は何故だかその友人の後ろ姿を見送って、振り返って、自分のバイト先である喫茶店に向かうのだ。
友人と言っても、僕は彼のことをよく知らない。
あの授業の、一番初めの時に、たまたま隣の席になった人。
共通教養科目の授業だから、学部も学科も、多分違う。
向こうが僕の名前を知っているのは、いつだったかその授業で、僕が教授に指されて意見を求められたとき、その教授は皆の前で、僕に下の名前だけを尋ねて、意見を答えさせたからだ。
その日も隣には、その友人が居た。
そしてその日から、友人は僕のことを下の名前で呼ぶようになったのだ。
そのときに、その友人もおそらく、自分の名前を明かしている筈なんだけど......
なんて名前だったけな......
彼から僕のことを呼ぶことの方が圧倒的に多いから、僕は彼の、その友人の名前を使わないのだ。
それなのに、彼のことを『友人』と言っている自分は、きっとどこかがおかしい。
ズレている自覚は、多分ある......
けれど大学という場所では、他の人も、案外そういう人は多いのではないのだろうか。
別に放課後遊んだり、同じ部活やサークルでなくとも、ただ一つの授業を、毎回隣同士で授けるだけの友人。
そういう人が、もっと居ても良いように思えるのは、僕だけなのだろうか......
そんなことを考えて歩いていたら、少しずつ、雨が降ってきた。
けれどもう、目の前がバイト先だから濡れることはないだろう。
そう思って、いつの間にか手に持ったままだった折り畳み傘を鞄の中に閉まって、バイト先である喫茶店の扉を開けて、店長に挨拶をする。
「おはようございまーす」
もう昼だけどね......
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