プロローグ(小鳥遊 雫)

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プロローグ(小鳥遊 雫)

 何もかもが、きっとイヤになってしまったのだろう。  そんな風に、私は私のことを考える。  時間はとっくに、お昼を通り過ぎていて、しなくてはいけない仕事は、もうなくなっていて、会社ではひたすら、私ではない私を、私は演じている。  私は別に、仕事が出来ないわけではない。  むしろ同期の人達の中では、それなりに出来る方だ。  信頼も、多分それなりにされている。  そんな風に、私は私が、他人からどんな風に見られているかを、なんとなくわかっている。  そしてそれをわかっているから、私はその人達の前では、そういう私でいなくてはならないのだ。  けれど私は、多分それが、とうとうイヤになってしまったのだろう......  だから私は、何か大切な用事があるわけでもないのに、上司に頭を下げて、会社を早退させてもらったのだ。  与えられていた仕事は全て完了していたし、体調が優れないと言えば、今のご時世、案外簡単に、納得してくれるそうだったので、私はありもしない熱と咳を演じて、皆よりも少し早く、会社を出た。  会社を出ると、時間は15時を少し回った辺りを指していた。  しかし空には、そんな時間帯を感じられない程に、鈍色の雨雲が広がっていて、それにとても、暗さを感じるほどだった。  そしてその暗さから、少しづつ、少しづつ、小さな雫が落ちてきて......  そしてそれらは、次第に『雨』と呼ぶのに、相応しい音をたてながら、私の独り言を搔き消してくれるのだ。  ~あぁ、まるで私のようだ~  そんな風に私は呟く。  何が私で、何が私ではないのか、そういうことがちゃんと、わかっていない癖に......  卑怯な大人の私は、そんな風に、呟くのだ。  
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