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喫茶店にて(小鳥遊 雫)
運ばれたコーヒーからは、外の寒そうな雨の景観とは真逆の、まるで安心感を与えてくれる様な、心地良い温かな香りが漂ってきて、それが思わず私の表情を緩ませた。
だからだろうか、その表情のまま、コーヒーを運んでくれた青年に、私は柄にもなく「ありがとう」と言ったのだ。
その言葉に、少しだけ戸惑うような表情を、彼はその時したけれど、すぐに仕事を熟すための笑顔を上手に使って、静かな肯定を私に示して、踵を返す。
彼にはきっと、まだやるべき仕事が残っているのだろう。
あぁ、しかしほんとうに......
ほんとうに上手に、彼は仕事を熟す。
けれどきっと、彼は私よりも、少しだけ年下の学生の男の子で、それなのに彼は、私よりも上手に、大人であることを演じている。
きっとこういう人が、世間では上手に、大人というモノになれるのだろう。
そしてそれは仕事だけではない。
人間関係や日常生活においても、当てはまることなのだ。
そして私はというと......
未だにその大人には、ちゃんと成りきれていない様な、そんな気がする。
仕事もして、生活も一人でして、恋人や友人と共に時間を過ごしたりすることもあったけれど......
それでも私は、自分が上手く大人に成れているのか、自信が持てない。
どうしても......
どうしても、私だけが......
「あの......」
「えっ?」
そんな風に、まるで外の景観のような湿っぽいことを考えていると、踵を返して仕事に戻っていた筈の青年が、私に再び、声を掛けた。
「これ......店主からのサービスです。お姉さん、いつも雨の日に来て頂いているので......」
そう言って彼は、私の傍に一つ、小さなケーキが乗った皿を置いてくれた。
それはチーズケーキで、紫陽花の形をした薄い青色の砂糖菓子が乗っていて、とても綺麗で可愛らしいモノだった。
「すごい......これ、いいんですか......?」
「はい、どうぞ......」
そう言って、彼は私の傍に、その紫陽花が乗ったケーキを置いてくれた。
ケーキからは、自然と心が絆されるような甘い香りと、チーズの香りが漂ってきていて、その香りに、何故かどこか、懐かしさを覚えるようだった......
とても泣きそうになるような、懐かしさを......
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