コングラチュレーション!

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 美女という者は美しいというだけで偉いのである。その裏付けとなることに相手をする者は幾ら自分が年上でも普段口先の敬語で喋っているのと違って余程慣れていない限り自ずと敬意を払って敬語になるし、美女の部類に入る二十歳くらいのパパ活女子でも自分より一回りも二回りも年上のパパに対して端からタメ口で喋っても許される。だから美女の皐月沙耶は女優で二十二だが、彼女を愛人にする元プロ野球選手でMLBでもサウスポーの大投手として鳴らし、現在、野球評論家で解説者の西大路宏久に対し、二十も年下なのに常にタメ口でも何ら彼に不満を持たれない。沙耶もまた美しいというだけで偉いからである。そして偉いと鑑定した男には求められれば体を許すのである。  それが仇となった。と言うのも西大路が過去に数々の浮名を流したことと沙耶が写真集の中でヌードを披露して抜群のスタイル、殊にワンダフルでビューティフルな巨乳が話題を呼んでいることで二人の異色対談を或る雑誌社が企画して実現すると、それが記載されたページに西大路が揉むような恰好で沙耶の胸に手を当て沙耶が嬉しそうに笑っている写真が掲載され、それを見た者たちがSNSで西大路が沙耶をAV女優扱いしてるだの沙耶はセクハラされても嬉しいのかだの沙耶と西大路の人格を疑うだの西大路がとんでもないセクハラをしてるだのと騒ぎ立て沙耶と西大路が大炎上したのだ。そして沙耶と西大路はこの対談を切っ掛けに付き合いだした次第である。  今、二人は東京ミッドタウン内にあるゴージャスなホテルのデラックスな寝室で睦言を交わしている。 「沙耶ちゃんはこの俺に今もタメ口だが、あの対談の時からタメ口だったね。初対面だったのにさ」 「だって最初からエッチなこと聞くんだもの。私だって遠慮しないわ」 「俺も遠慮せずに胸を触ったりしてさ。なのに沙耶ちゃん、怒るどころか喜んじゃってさあ」 「だって西大路さんの黄金の左手じゃない。だから私は名誉なことと思ったの」 「成程、そう解釈するとは沙耶ちゃんはほんとに可愛い子だ。俺にとっても最高の女沙耶ちゃんの最高のおっぱいを揉めることは実に名誉なことだよ」 「うふふ、旨いこと持ち上げちゃって」 「嗚呼、しかし、あの写真が元で、お互い偉いことになったな」 「お前、AV女優だったのかなんてコメントがブログに届いたりして私、頭に来るわ」 「あれはちょっとやり過ぎだったと俺は反省してるんだ。すまなかったね」 「いいのよ、そんなこと。それより私たちの関係がカミングアウトされたらもっともっと偉いことになるわ。一体これからどうする積もりなの?」 「うん、まあ、それが問題なんだし、そうなることが分かっていながら俺は一目惚れしてしまった儘、沙耶ちゃんと対談してみて、そんなに綺麗なのにキレイキレイしてないと言うか、私は綺麗事が大嫌いなのと言って退ける外連味のない所が酷く気に入っちゃってさ」 「私、いつまでも清純でいるなんて無理だと思うの。女に生まれたからには自然と固有の欲が生まれ、それは不純だし不潔だと思うけど、写真集でも女の欲を体現したかったの。それが女優の一つの仕事だと思ってるの」 「うん、確かに沙耶ちゃんはそれを遣って退ける立派な女優さ。それをAV女優と罵る野郎は言語道断だ!この俺が許さねえ。俺は絶対、沙耶ちゃんを守る。そして沙耶ちゃん一本に絞る積もりさ」 「女遊びも止めて?」 「勿論さ」 「ほんとに私とは遊びじゃないの?」 「勿論だよ」 「世界に冠たるプレイボーイなのにすごい覚悟ね」 「だって俺は沙耶ちゃんにぞっこんなんだ」 「私も西大路さんに惚れ込んでるの。でも、西大路さんには奥さんがいるんだもの。私、西大路さんを愛して良いものか、すごく困るわ。ねえ、ほんとに奥さんと別れられるの?」 「今直ぐとはいかないが、必ず別れる。だから俺を愛してくれ!」そう言った勢いで西大路は沙耶にむんずと抱き着いた。 「うふん、あ~ん、西大路さ~ん・・・」二人は再び激しく契り出したのだった。 「あなた!私を嘗めてるの!」朝帰りした西大路に妻の由衣ががなったのだった。「女遊びも大概にしなさいよ!」 「お前だってホストクラブに通ってるんだろ」 「通ってるったってあなたみたいに交わってる訳じゃないわ!」 「俺だって店でキャバ嬢と交われる訳ないよ」 「何言ってるのよ!キャバクラが朝までやってるって言うの!」 「LASTまでって店もあるだろ」 「そんなの風営法違反よ!」 「だけど、無視してやってる店もあるだろ」 「そんなの無理よ!私、知ってるわよ!ガサ入れとかあるんでしょ!」 「そこはまだ入ってなかったんだろ」 「そこって何て店なの!」 「熟女美魔女だったかな」 「熟女?美魔女?アッハッハ!あなた如何物好きなの?それとも下手物好きなの?」 「偶には好いかと思って」 「ふざけないで!ネットで調べるから地名も教えて!」 「やだね。何でそこまで教えなきゃいけないんだ。何処に世話になった風俗店の場所を妻に教える夫がいるんだよ。第一、俺がお前の通うホストクラブについて何か聞いたことがあるか?」 「ないけど、教えてよ!」 「人の趣味についてあれこれ言うのはよくないぜ」 「趣味って何よ!全くもう!」 「大丈夫だよ。お前が悋気を起こす程のことはしてないのは確かだ」 「何言ってるの!ちょっと前も、あなた、物議を醸したでしょ!若い女優のおっぱいに触ったりして!好い加減にしてよ!」 「い、いや、あれは確かに俺の至らない所だった。すまなかった。しかし、兎に角だ、俺はお前のホストクラブ通いを許してるんだ。だからお前も許さなければ駄目だ。でないと割に合わない」 「んーもう!」と由衣は呻いた後、暫く腕組みしていきり立った儘、沈黙し、諦めたかに見えたが、荒い語調で呼びかけた。「ねえ、あなた!」 「何だ?」 「あなた、最近、私を求めないわねえ」 「えっ、ああ、まあ、男だからって、いつも盛りのついた猫じゃないんだから性欲が収まってる時期もあるものさ」 「そんなんじゃなくてやっぱり売女としてるんでしょ!」 「売女って、そんなのとする気はないよ」 「じゃあ、不倫?!」 「いやいや、それこそする訳ないよ。さっきも言っただろ。お前が悋気を起こす程のことはしてないよ。俺を信用しろ!」と居直って怒鳴った西大路に対しド迫力を感じた由衣は、それでも苛立ちを隠すことなく興奮して震える唇を噛みしめるように結ぶのだった。  その後、西大路は不満たらたらの由衣と朝食を軽く取ってから休眠すると言って自分の部屋に閉じこもって思いを巡らした。 「嗚呼、さて、どうやって離婚話を突き付けるか。沙耶との関係を知られない内にしないと不利になるが、どうにも言い出せなかった。それどころか俺を信用しろなんて偉そうに怒鳴ってしまった。何でだろう。実は由衣と別れたくないからだろうか。いやいや、由衣が嫌いになった訳じゃないが、俺は沙耶と一緒になりたいのは確かだ。但、俺は由衣が気の毒になったんだ。由衣はまだ29で沙耶に負けず劣らずの美人だが、如何せん胸が小さい。それに中身は月並みな女だ。それに引き替え、沙耶は違う。だから俺は由衣を捨て沙耶を取る気になった。しかし、いざ決意を実行に移すとなると、これは中々できる事ではない。しかし、沙耶との関係がばれない内に実行しなければ、沙耶がいい女だけに何かと意地悪く勘ぐる世間から略奪婚と曲解され非難を浴びてしまうだろうから早くしなければならない。しかし、離婚の理由について聞かれるに決まってるし、他に女が出来たと疑われるに決まってるから沙耶との関係を内密にし続けた上で、俺はお前の通俗的な所に飽き飽きしたんだと敢えて言ってやるしかない」  しかし、中々言い出せず、あの対談以来、芸能リポーターの鵜の目鷹の目に狙われていた西大路は、沙耶と水上スキーを楽しんでいる所をフライデーにスクープされてしまった。そうとは知らずレギュラーテレビ番組の収録を終えて夕食時に帰って来た西大路は、只今と言っても何も反応がないので不審に思いながらダイニングに行った。すると、由衣がダイニングテーブルに頬杖を突いて額に八の字を寄せ、眉間に皴を寄せ、酷く上気しているのがありあり窺える気色で座っていた。 「ど、どうしたんだ?飯の支度も出来てないようだが」と西大路が声をかけると、由衣は目を三角にして西大路を睨みつけた。 「あなた!どの面下げて帰れようかって時によくのこのこと帰って来れたわねえ」 「えっ」何のこと?といった感じの西大路の態度を見て、「そうか、まだ知らないのね。これ見なさいよ!」と叫んだ由衣は、勢い、テーブルに置いてあった週刊誌を西大路に投げ付けた。  腹に当たったのを恐る恐る拾い上げて見ると、フライデーだったので、どきんとした西大路は、表紙に踊る文字を読んだ瞬間、あちゃー!しまったと思った。 「電撃スクープ!西大路宏久、皐月沙耶とマリンスポーツデート!不倫?!」とあったのだ。 「この女ったらし!人でなし!」と由衣は金切り声を上げた。「どうせ手の早いあなたのことだからあの対談の後、誘ったんでしょ!」  言わずもがな図星なので西大路はたじろいだが、それなら沙耶の略奪婚とはならず踏ん切りがついたので激怒する由衣に真っ向から言い放った。 「そうだ。俺はそういう男だ。そういう男と一緒になった運命と思って諦めてくれ。すまんが、きっぱり言う。別れてくれ!」  すると、由衣は西大路を暫く唖然として見つめていたが、裂帛の悲鳴を上げたかと思うと、勢い顔を俯せにして堰を切ったようにわんわん泣き出した。 「悔しい!悔しい!あんなのの何処が良いのよ!何処が良いのよ!ねえ!」と叫んだ勢いで紅涙に濡れそぼった泣き顔を上げ、より激しい語気を込めて更に叫んだ。「ねえ、私より何処が良いのよ!」  真っ先にオッパイという言葉が頭に浮かんだ西大路であったが、流石に言えないでいると、由衣はヒステリックに狂気した表情を狂喜の顔色に染めたかと思うと、分かったと呟いてから捲し立てた。 「おっぱいでしょ。大きいオッパイをもみもみちゅぱちゅぱしたくなったんでしょ!只単にそれが為に、あなたってそういう単純な男よ。だから女をとっかえひっかえできるのよ!そうでしょ!」  西大路は由衣の形相に怯みそうになったものの由衣の侮辱を覆すべくここぞとばかりに言い放った。 「俺はお前の通俗的な所に飽き飽きしたんだ!それに引き替え沙耶は外連味のない女だ。だから沙耶を選んだ!」 「そ、それってどういうことよ!具体的に言ってよ!」 「つまり、卑近な例で言うと、お前は寄せブラとか胸パッドとかで胸を大きく見せようとするが、沙耶はそんな姑息な手段を使って誤魔化したりしない」 「そんなの私だって大きければ誤魔化さないわよ。それだけの話じゃない。やっぱりあなたは私の言う単純な男じゃない!」 「お前にも分かる例を一つ挙げたまでだ。それだけ聞いて単純と決めつけるお前の方が単純なんだ」 「失礼ねえ!煩いわねえ!」 「兎に角だ、お前に出て行けとは言わん。勿論、慰謝料は払うし、この家をお前にやる。だから別れてくれ」   そう言われて由衣は、先刻、別れてくれと言われた時と同様にして泣き崩れ、今度は何も言い返さず只管泣き続けた。  それを横目に西大路は自分と沙耶について記載されているフライデーのページを開いた。自分が運転するモーターボートに引っ張られて水上スキーを楽しむビキニ姿の沙耶の写真が物の見事に掲載されていた。おお、かっこいい!超セクシー!超いい女!むっちゃ堪らん!見れなかった物が見れて良かった!やっぱり沙耶を選んで良かった!と由衣を尻目に独り悦に入るのだった。  結局、西大路は多額の慰謝料を払って由衣と離婚し、取り敢えず沙耶のマンションに引っ越して沙耶と再婚することになったが、案の定、沙耶の略奪婚と疑われる中、芸能リポーターの取材を受ける度に、違うんだ!俺から沙耶を誘ったんだ!これは絶対確かなことだなぞと言って誤解を解こうとするのだった。で、二人はフェイクニュースやデマやゴシップが飛び交う、何かと煩い日本を離れ、アメリカはワシントン州北西部キング郡シアトルに移住することと相成った。    MLBでもヒーロー的存在だった西大路の実績が物を言ってアメリカに移住したのは二人にとって大正解だった。あの西大路が超ナイスバディの美人妻を連れてアメリカに帰って来た!みたいなキャッチフレーズで以て大々的にメディアに報道され、好意的に西大路夫妻をフィーチャーするテレビ番組が幾つも放送され、二人が人気者になるよう視聴者をアジテートする結果となったのだ。おまけに沙耶が日本で女優をやっていたことと英語堪能なことを知ってハリウッド映画の制作側に出演契約や金額交渉などをしてくれるエージェントの目に留まり、個人契約を交わして契約が成立すると、マネジメントを別の専門の会社に依頼する運びとなり、ハリウッドスターへの道が開けた。必ずや沙耶はスラリとしていながらボンキュッボンとしたスタイルとシャープで中高な美貌と大人の色気がアメリカ人にも受け、卓越した演技力でスターダムに伸し上がることだろう。また、西大路はシアトル郊外にある家を購入して沙耶と同居してから街中でもシアトルマリナーズに所属していた所以から市民たちに大歓迎され、ウェルカムムードが二人を包む中、二人は日本特有のねちねちじめじめした嫌味を一切受けることなく、カラっとした明るい結婚生活を送るようになった。で、或る日、大男が西大路邸を訪ねて来た。 「コングラチュレーション(おめでとう)!ヒロヒサ!サヤ!」  これが劈頭第一に西大路の元チームメイトが発した言葉だった。  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