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2310号室の前で立ち止まり、アルバは内ポケットから取り出したカードキーを差し込む。鍵が開いて、アルバは先に麗良を通した。
踏み入れた部屋は、ツインルームだった。どういうことなのか分からない麗良は、ベッドルームに入ったところで立ち止まり、アルバを振り返った。
アルバは麗良の脇を通り過ぎて、黒のコートを脱いでソファに放る。それからジャケットを脱いで、ネクタイの結び目を緩めた。
「どうするの?」
「ん?あんたを説得する」
アルバは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、蓋を開けて、ごくごくと飲む。
「え?何する気?変なことしないでよね」
焦り始めた麗良に、アルバはにやりと笑う。
「ここ、一泊五万なんだけどさ、俺がいないと払えねぇよな?」
「なっ……。それ、卑怯じゃない⁉」
「のこのこついてくる方が悪いんだよ。あんた、少し頭使った方がいいよ」
腹が立って、麗良はドアへ向かおうとしたが、アルバが立ち塞がる。
「通して。帰る」
「帰るとこねぇだろ」
「いいから、どいてよ」
そう言うと、アルバはあっさり道を開けた。もう騙されたくない麗良は、警戒しながらドアに向かう。鍵を開けて、ドアノブを下げようとしたが、どうしたことか、凍ったように動かなかった。
「え、なにこれ……?」
「諦めな」
アルバの声が言う。麗良は部屋に戻り、フロントに電話しようとした。だが、電話がつながらない。フックスイッチを連打しても、うんともすんとも言わなかった。
麗良はアルバを見る。
「どういうことよ?」
「俺が許可しないと出られねぇよ」
「あんた、なにしたの?」
今更ながら、怖くなってきた。その様子に、アルバは呆れ返る。
「簡単に知らない男を信用するからだよ」
「何言ってんの?あんたが、退職届出したりしたんでしょ⁉」
「俺のせいにしてもいいけどね。元々、望んでたことを、俺がやってやったって気もするけど」
麗良は言葉を呑み込み、視線を逸らす。
「あんたさ、この世界に未練ないって顔してんのね。実際、そうなんだろうけどさ。そういう波動っつーかな、そういうのが俺達を惹きつけんの。じゃなきゃ、あんたに狙い定めねぇよ」
「なに、自業自得だって言いたいの」
「あとは、適性があるかないか。あんたには、ある。だから、しつこく追い回してんの」
「学歴ないけど」
「この世界の基準は、俺達には関係ねぇよ。っつーか、この世界の大学って、金積めば入れるんじゃねぇの」
「そんなわけないでしょ」
「ふうん。ま、どうでもいいけど」
麗良は諦めたように、ベッドに腰を下ろす。
「適性が何かは、契約しないと教えてもらえないのね」
「そう。やっと理解した?」
「理解したくなかっただけよ」
投げ遣りに言う麗良に笑って、アルバは麗良の隣に腰を下ろす。
「早く同意して」
「少し考えさせて」
「いいよ」と言うと、アルバは立ち上がり、冷蔵庫から壜ビールを取り出す。次いで、栓抜きで蓋を開ける音がした。
「飲む?」
「いらない。酔った隙に、勝手に契約されても困るから」
アルバはおかしそうに笑う。
「分かってきたねぇ」
「あんたみたいなのといると、人間不信になる」
「そう?俺は、まだ優しい方だと思うけどね」
アルバは言って、麗良の隣に腰を下ろす。それから飲みかけのビール壜を差し出した。
「だから、いらないって」
「あんたの意志でなければ、契約はできないことになってんの」
「嘘かもしれないでしょ」
「かもな。まあ、その警戒心は必要だから、持っておいた方がいいよ」
麗良は怪訝そうにアルバを見る。アルバはビールを飲みながら、横目で麗良を見返した。
「なに今更。親切ぶって」
「言ったろ?面倒みるって」
その言葉に、わずかに心を動かされた。しかし、疑ってかからねばと言い聞かせ、再び気を張る。
「風呂でも入ってくれば」
「もしかして、今夜、あんたもここで寝るの?」
「当然。夜の間に気が変わるかもしれないし」
「性別違うけど」
「そうだっけ」
麗良は呆れ果てて、立ち上がった。
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