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Ⅻ
麗良はアルバと向き合い、言われるがまま、球体に手を乗せた。アルバが、朗々と唱える。
「フェーレ・ティ・シス・ノメーサ・ポリティエス・オリキザシ・ゼ・ナーシ・ディスティ・ディスコリウス」
麗良はぽかんとして、アルバを見た。アルバは「イーラ」と言えと、半ば命令的に言う。どんな意味か訊きたかったが、そんな余裕はないという雰囲気に押されて訊けなかった。麗良は、ごくりと唾を呑み下し、緊張した声で「イーラ」と言った。
直後、球体が白く輝いた。すぐに光は球体の奥へ吸い込まれていき、元の透明状態に戻る。
「はい、終わり」
「もう?」
「うん」と応えたアルバの態度は、ひどくそっけない。
「今のって、どういう意味?」
「移籍しますかって確認」
「私、あっちの言葉分からないんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫」
「本当に?」と訊くが、アルバはその質問を黙殺した。
「これからどうするの?」
「シェルメルに移動して、シール研究所に行く」
「研究所?なんの研究してるの?」
「魔法の研究」
「え、魔法?冗談?」
「ここに来て冗談なんて言わないよ。あとは、行ったら分かるから」
「待ってよ、そこで何するの」
「シェルメルのために働く準備をする。そこで、あんたの能力を見極めて、どんなことをするか決めんの」
「たとえば、どんな仕事があるの」
「何もなきゃ、研究所で働くかな。特別な適性があれば、別だけど」
「別って?例えば?」
「どっちにしろ、シェルメルのために働くのは変わらない。心配すんなって。大丈夫だから」
アルバは質問を遮るように、スマホを耳に当てる。
「俺、アルバ。今からそっち行くから、開けて」
すぐに電話を切り、麗良を振り返る。
「こっち来て」
バルコニーに出たアルバの後をついていく。
アルバは虚空を指さして、
「じゃ、あそこ目掛けて飛んで」
と言った。麗良はぽかんとする。指さした先には、なにかがあるようには見えない。
「いや、無理、無理。殺す気?」
「死なねぇから、大丈夫だって」
「無理、怖い」
「飛ばないと、あっち行けないよ」
決心のつかない麗良は、押し黙ったまま立ち尽くす。
「早く」とアルバが急かす。
「心の準備が必要なの」
「じゃあ、俺が連れてってやるから、目瞑っといて」
眉を顰めてアルバを見る。
「それができるなら、最初から言ってくれない」
「あんまり、したくないんだよ」
アルバはかったるそうに言うと、麗良の頭に手を置いた。大きな筋張った手は、温かかった。
「目瞑って」
麗良は急に不安になって、もう一度、アルバに訊ねた。
「あっちに行っても、見捨てたりしないよね?」
アルバは妙に生真面目な顔で麗良を見つめる。
「……あっちで会おう」
「約束ね?」
「ああ」と言った顔は、なぜか悲しそうだった。
「信じるからね。裏切らないで」
それは、自らの切実な心の声に思えた。もう誰かに裏切られたくない、という。
「目を瞑って」
麗良は目を閉じる。そして、好きなれなかった世界に、心の中でさよならを言った。
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