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19.牛のように時間をかけて
「牛になる事はどうしても必要です。われわれはとにかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです」。
冒頭の一節は1916年8月24日に夏目漱石が書いた手紙の一部。宛先は芥川龍之介と久米正雄。この一節は、芥川龍之介の作品を読んでの漱石の感想を述べた部分で出てくる。
焦ってはいけない。世の中は根気の前に頭を下げる。牛は超然と推す、文士を押すのではなく、人間を推す。そういった意味合いの漱石のアドバイスがその後に続く。
これは小説を書くにあたっての心構えを説いたものですね。つまりはいち早く作品を仕上げたい、いち早く小説が世間から評価されたい。そんな功名心を戒めるものでもある。
夏目漱石が芥川龍之介(と久米正雄)にアドバイスしたものだから、わたしのような吹けば飛ぶような素人小説書きとはスケールの違う話ですが、小説を書くために「牛になる」ことが必要だとの話はよくわかります。
小説は基本的に人間と人間の感情を描写するものだとわたしは理解しています。だから、感情を理解するには焦りは禁物だとも言える。
これは純文学だけでなくエンタメ一般も同じ。恋愛小説だって推理小説だって人間の心の動きが小説の核にある。SFだって特殊な状況下に巻き込まれた人間の心の動きを描く。
けれど、そこで描かれる人間の心の動きは、果たして本当に人間の血の通ったものなのか、人間の体温や息遣いを感じられるものなのか。
つまり、小説の構造やストーリーを前に進めるためだけに小説の登場人物をテンプレ的に動かしていないか。そういった問いを突きつけるものでもないかなとも解釈しています。
人間の心の動きはテンプレ的に単純化されるものではなく、もっと複雑で時として矛盾に満ちたものである。それを理解するためには牛のように時間をかけて、人間を理解しなきゃいけない。そう受け取っています。
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