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むかし、むかし。
山奥に桃太郎という心優しい少年がおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川へ洗濯に。
桃太郎は剣術の稽古に精を出しておりました。
「おお。桃太郎や。今日も頑張っとるのぅ…… 」
おじいさんは桃太郎に声をかけ、壁に掛けてある一振りの木刀を手に取りました。
「ほっほっほ。今日は気分が良いから稽古をつけてあげよう。さあ。かかってきなさい」
左手一本で木刀を振り上げ、桃太郎に切っ先を向けるとニッコリと蕩けるような笑顔を向けました。
「はい。ありがとうございます。おじいさん」
直立不動になった桃太郎は、おじいさんに最敬礼をしました。
そして嬉しさのあまり、木刀を2本持って2刀流の構えをとりました。
「いざ! 」
おじいさんは眼光鋭く、桃太郎の切っ先に目をやると、一本を叩き落としに来ました。
そりゃあああぁ!!
カッ!!
凄まじい斬撃が桃太郎の左手の木刀を払い、キリキリと舞いながら壁まで吹き飛んでしまいました。
ガン!
壁にブチ当たった木刀は地面に落ち、また静寂が2人の間に流れるのでした。
「くっ…… 」
一撃を受けた衝撃が、桃太郎の左手をジンジンと痺れさせていました。
もしも手に当たっていたら、骨が砕け散っていたかもしれません。
「桃太郎。剣は優しく握るものじゃ。お前は心優しいわりに、剣には優しくないのぅ…… 」
おじいさんは意味深げに、剣術を教えようとするのですが、桃太郎には意味が良くわかりませんでした。
「おじいさん。優しく握ったら、すっぽ抜けるのではありませんか? 」
つい思ったことを口にしてしまい、自分が全然理解していないことを露呈してしまいました。
「修行が足りぬのぅ…… 桃太郎や。物事に、謙虚な姿勢で臨まなければ、得るものが何もなくなるのじゃ。なぜお前にはそれがわからぬ…… 」
おじいさんは、ため息交じりにがっかりした顔で言うのでした。
「すみません。せっかく久しぶりに手合わせしていただいたのに。もう一度桃の中に戻りたい気分です」
「いいんじゃ。お前のそんな愚かさが長所でもある。自分の限界を知り、すぐに反省できるところは良いところじゃよ」
「では、一撃合わせさせていただきます」
桃太郎は身体を横にひねり、半身の姿勢を取ると、身を沈め、刀身をおじいさんから見えないように後ろへ向けました。
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